黒き現実(マトリクス)

 

「・・・来て・・・抱きしめて・・・。」

−な、なぜ・・・ど、どうして・・・その−

「も・・・私の全てが・・・あなたの・・・のもの・・・」

−何故、何故だ!!
 どうして・・・その言葉を・・・俺に・・・−

「・・・そう・・・その剣で・・・」

−やめろ・・・やめてくれ!!−

「さぁ・・・はやく・・・。」

−ど、どうして・・・
 どうして俺を・・・愛してくれないんだ!!−

 

 青年が目覚めると、そこは見覚えが無い光景が広がっていた。
しっかりとした造りの石のベッドに横たわっている。
上体を起こして隅々まで見てみるが、そこがどこであるかも分からずにいた。
その部屋には彼が座っているベッド以外何も無かった。

「いったい・・・、ここは・・・?
さっきの夢は・・・いったい?」

先程見た夢のことを思い返していた。
紫の長い髪をし、黒いコウモリの翼を持つ女性が誰かに微笑んでいた。
そして、淡々と言葉を紡いでいくのだ。

「あの女は・・・いったい・・・。」

考えていても何も分からず、とりあえず立ってみようとベッドに手を突き立てる。
すると、鋭い痛みが指先に走った。

「いたっ!!」

何かと思い指先を見てみる。
手袋をしていたが、それが裂かれ、指から血が出ていた。
血を拭いながら先程手を突き立てた部分を見てみると、そこには自分の脚ほどの長さがある剣があった。
鋭く研ぎ澄まされ、木の幹でも簡単に切り倒してしまいそうな代物。
鞘にしまいきられていなかった刃が彼の指を切ったのだ。
彼の頭が剣と認識すると、衝動的に夢の中での女性の言葉を思い出した。

−・・・その剣で・・・−

「これ、剣か?
何でこんなところに・・・。」

−さぁ・・・はやく・・・−

「!?
はやくって何を!?」

夢の言葉が頭の中にこだまする。
必死に記憶の糸を手繰り寄せるが手掛かりすらない。
そんなことをしているうちにあることに気がついた。

「そういえば、俺は・・・誰だ?
この羽はいったい・・・なんなんだ?
ここは・・・、どこだ?
だめだ・・・、何も・・・思い出せない・・・。」

そう、彼は自分の名も忘れていたのだ。
自分は誰なのか、何者なのか、何故ここにいるのか、この場所が何処かも分からないでいた。
背中の羽は夢に出てきた女性と同じものだ。
分かるのはその羽は自分の体の一部で、自由に動かすことが出来るということだけだ。
このままでは埒が明かないと、横においてあった剣を携え、外に続いているであろう階段を下った。
その部屋に階段は2つあったが、何故だか迷うことはなかった。
まるで、導かれているかのように・・・。

 

「何でもいい・・・。
何か・・・何か手がかりがあれば・・・。」

青年が階段を降り続けていると、かなり広い空間に出た。
そこはまるで教会の礼拝堂のような感じのつくりで、真ん中の通路には赤い絨毯が敷かれていた。
ただ、先程の部屋より暗く感じる。
そこで彼はあるものを見つけた。

「この石像は・・・、どこかで・・・。」

部屋の壁の中央(教会で言えば神の像がある辺り)に女性を象った石像があった。
大抵の場合、こういうところにあるのは守り神を象ったものである。
女神とも考えられたが、神にコウモリの羽があること自体変である。
だが、彼にはそんな疑問は微塵も浮かばなかった。
この像には見覚えがあったのだ。

「これは・・・、あの夢に出てきたあの女・・・。
でも、何処か違う・・・。」

石像は確かに夢に出てきた女性である。
だが、彼は何か違和感を感じていた。
何かが違っている・・・。

「・・・微笑がない・・・。
まるで別人みたいだ。」

顔1つで人の印象はガラリと変わってしまうものだ。
夢に見た先程の笑顔と、この石像の無表情な顔では尚更である。
その謎は解けたのはいいが、肝心の記憶の手掛かりはまるでなかった。

「だめだ・・・、何も思い出せない・・・。
俺はいったい・・・。」

また頭を抱えてしまう。
記憶がないことの不安で押し潰されそうになっていた。
すると、部屋の奥の方から何やら聞こえてきた。
足音と分かったのは、音が止む少し前、数人の兵士のような人物が4人ほど見えたときであった。
彼等の背中には羽根がない。
彼とは違う種族のようだ。

「いたぞ・・・。
ふ、復活してやがる・・・。」

「ようやく見つけたぞ、ジェネラル・テンペスト!!」

「なっ・・・!?
ジェネラル・・・なんだって!?」

彼らが発した言葉に戸惑いを隠せない。
いきなり入ってきたかと思えば、訳の分からない言葉で捲し立てているのだ。
混乱しないほうがおかしい。

「油断するなよ。
復活したばかりで弱っているとはいえ、相手は魔界最強の悪魔だぞ。」

「魔界?最強?
おい、そりゃいったい・・・。」

突然の出来事と不明な単語に、彼は何がなんだか分からずにいる。
そんな彼を尻目に兵士達は剣を抜いた。

「総員、かまえ!!」

「・・・ちょっ!!」

「我等は神聖騎士団!
汚らわしき悪魔を消し去るための神の炎なり!
悪魔共を扇動し神にたてつく指導者、ジェネラル・テンペストに神の裁きを!!」

「いったいなんだって言うんだ!!」

「問答無用!!かかれっ!!」

神聖騎士団と名乗る輩は彼の言葉を無視して突如切りかかる。
お世辞でも速いとはいえないが、混乱しきっている彼は直前まで直立不動であった。
これでは格好の的である。
だが、聖騎兵の攻撃が通ることはなかった。

ガキン

金属がぶつかり合う特有の甲高い音が室内に鳴り響く。
兵士の斬撃は直前で彼の剣に阻まれていた。
これには聖騎兵も驚いていた。
決まると思っていた一撃が直前で受け止められたのだから、無理もない。
だが、一番驚いているのは実は彼のほうだったりする。

「なんだ、体が勝手に・・・。」

ほぼ条件反射のように攻撃を受け止めた彼。
無理矢理剣を押し返し、敵を後退させた後、逃げるように先程の階段を上がっていった。
彼にはもともと戦う気や理由などないのだ。
しかし、そう簡単に諦める相手でもなく当然の如く追ってきた。

 

「何なんだ、あいつらは?
それに・・・、俺は戦い方を・・・知ってる?」

彼が目覚めた部屋にたどり着きひとまず休息を取る。
先程の反応はかなりの場数を踏んだ戦士のようであった。
ますます自分についての謎が深まってしまった。
だが、考える時間もない。
先程の聖騎兵が追いついてきたのだ。

「追い詰めたぞ、ジェネラルテンペスト!
仲間の無念、晴らしてくれようぞ!!」

「待て!
いったい何のことだ!?」

「しらばっくれやがって!
ウオオオォォォ!!!」

またしても話は無視され、切りかかられてしまう。
だが、また条件反射的に体が動く。
今度は攻撃を受け流し、横に薙ぎ払う様に斬りつける。
すると、斬撃は相手の腹部をいとも簡単に切り裂いた。

「グワァ!!」

断末魔の叫びが響き渡る。
腕に返り血が付いたが、それも気に留めず、彼はただ自分の力に驚いていた。

「軽く手を振っただけなのに・・・。
この力は・・・、俺はいったい・・・。」

「なんて力だ・・・。」

その場にいた誰もがその力に驚愕した。
当の本人でさえも・・・。

 

「俺はいったい・・・」

気がつくともう戦闘は終わっていた。
呆然と立ち尽くしている彼の目の前には4つの死体が転がっている。
驚くべきことに相手は一撃で倒れされている。
しかも、彼には攻撃しようとする意思が毛頭無いのだ。
すべて条件反射で斬り付けていた。
これでますます自分についての疑問が深まったのは言うまでも無い。
ふと、彼が物思いにふけっていると、再び足音が迫ってきた。
同じような足音だったので彼に緊張が走る。

「みな、無事か!」

入ってきたのは5,6人の騎士達。
一人を除いては先程の騎士と同じ格好をしている。
そして残る一人は他の騎士達よりもかなり質のよさそうな白い鎧を着ている。
おそらく彼等のリーダーなのであろう。
声からして女のようだ。

「・・・くっ!遅かったか・・・。
安らかに眠るがいい・・・。
お前達の仇は私がとろう・・・。」

部屋の状況を見るなり、彼女は悔しそうに言葉を発した。
兜で分からないが、おそらく悔しそうな顔をしている。
おそらくは彼等の標的であろう“彼”には傷ひとつ無く、仲間だけがやられている。
明らかに一方的なのが手に取るように分かった。

「我こそは神罰の代行者たる聖騎士、リディエール・ウィッタード!
ジェネラル・テンペストよ、悪魔は悪魔らしく再び闇へと帰るがいい!!」

「なっ・・・。」

きりっとした声が響き渡った。
やはり彼らと同じ目的を持つ者、しかもこちらが本隊のようである。

「お前達はいったい何だってんだ!?
何故、俺を殺そうとする!!」

当然ともいえる質問をぶつけた。
彼は目覚めてから今までの状況を全く飲み込めていないのだ。
自分は何者なのか?何故ここにいるのか?何故殺されかけているのか?
これらの答えはまだ出ていない。
ただ、彼等の言う“ジェネラル・テンペスト”が自分を指す言葉だということは分かった。
彼がぶつけた質問に対して、かなり乱雑な答えが返ってきた。

「な、何故だと・・・。
黙れ、汚らわしい!!
神に逆らい・・・、罪無き人を殺め・・・、
貴様らの・・・、貴様らの存在そのものが悪なのだ!!
それを滅ぼすのは当然のことだろう!!」

ピシャリと言い放ち、彼女達は剣を構えた。
リディエールと名乗った者はレイピアと呼ばれる剣を構えている。
これは切りよりも突きに特化した剣で、使い手によっては一撃で相手を仕留められる。
あたりの緊張が一気に高まった。
すると、

パチ、パチ、パチ、パチ・・・

突然拍手のような音が部屋に響いた。
全員が部屋中を見渡す。
こんな状況で拍手をするなど通常の神経のものではない。
辺りを見回しても姿は見えなかった。
だが、その人物のものと思われる声がもう1つの入り口から聞こえてきた。

「いやぁ、すばらしいご高説だね。
ほんと、思わず聞き惚れちまったぜ。
悪魔は悪!!
だから滅ぼしてもいい。
まったく持って分かりやすいね。
しかもだ、その目的を果たすためならよってたかって襲っても罪じゃないってか?
そこまで自分を正当化できるとは・・・、いやいや、本当に恐れ入るよ・・・。」

全員が注目する中、声の主と思われる人物が現れた。
背が高く、茶髪の頭に鉢巻上の蒼いバンダナを巻いている。
青い服を纏った体には青年と同じ黒い翼が生えていた。
ちなみに顔はお気楽そうである。

「貴様・・・、何者だ!?」

任務を妨害され、尚且つあれだけ言われたので流石にリディエールも怒り気味。
彼女のそんな状況にもかかわらず、変わらぬ様子で男が答える。

「んっ?俺は・・・、」

「レイジ!!」

彼が答えようとした瞬間、また別の声がそれを遮った。
声からして今度は女のようである。
またもその場にいた全員―もちろん長身の悪魔も―が驚く。
先程から驚きっぱなしの青年は完全に混乱していた。
事態の把握にはまだかなりの時間が必要なようだ。
そうこうしているうちにその本人が来た。
背は青年と同じぐらいで、こげ茶色の髪を腰ぐらいまで伸ばしている。
服装は少しばかり際どさが目立つ。
彼女の背中にもコウモリの羽が生えていた。

「レイジ、大丈夫!?
怪我は無い!?
酷い事されなかった!?」

部屋へ駆けつけるなり青年の安否を確かめる。
彼を心配する様子からして、かなり親しい人物であることが見て取れる。
というより、相当大事に思っているらしい。
現に彼女には周りの状況が目に入ってなかった。

「よかった・・・。
あなたが生きてなかったら、あたし、どうしようかと・・・。」

胸に手を当て、本当に嬉しそうに彼を見る。
今にも泣き出しそうな目だ。
だが、当の本人は訳が分からない。
記憶がないのでどういうわけか分からないのだ。

「おい、ヴィディアったら・・・。
まったく、ぜんぜん耳に届いてないんだから・・・。」

蒼い青年が半ば呆れた様子で声をかける。
女の悪魔・ヴィディアはそれに気づき、うっとうしそうな目で見た。

「うるさいわねぇ〜。
せっかくの再開が台無しじゃないのよ・・・。
それよりギル、な〜に人間相手にちんたら喋ってるのよ!」

「俺はどっちかって言うと、“知的”なほうなんでね・・・。
誰かさんみたいに、い・き・な・り、切りかかったりしないんだよ。」

ギルと呼ばれた悪魔の挑発的な口調にさらに不満を募らせる。
仲が良いのか悪いのかが分からないが、少なくとも憎みあってはいないようだ。
ただ単に、ギルはヴィディアを面白半分にからかっているだけなのだろう。

「なによ!
それじゃあ、まるであたしが何にも考えてない、戦い好きのバカ女みたいじゃない!」

「あれ、違ったの?」

「失礼しちゃうわね・・・。」

わざとらしい返答にさらに頬を膨らます彼女。
その光景を一部始終見ていた一同は呆気に取られていた・・・。
突然現れた二人の黒き羽を持つ者。
果たして、彼にとって敵なのか、味方なのか?
ただ、唯一分かったのは・・・、自分の名前が「レイジ」らしいということだけであった。

 


とうとう書いてしまった・・・。
そして、始めてしまったシリーズもの・・・。
私がPS2を買って始めてプレイしたのがこのソフトです。
結構キャラとかを気に入ったのですが、ストーリーに若干物足りなさを覚えたので、
自分流のストーリーを書きたいと思って始めました。
一応初めての人でも分かるようにしていくので、これで気に入ってくれれば幸いです。
では、第2話「記憶の欠片(ピース)」をお楽しみに〜。

 

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