「兄妹という名の絆」

 

 残暑が緩やかになった頃、3年の先輩は受験シーズンに入り、
俺の所属している部活では、2年生に主導権が託された。
そして、部長は・・・、俺に決まった。
初めは拒否したが、全員が賛成したのと、他に候補者がいなかったため、しょうがなく了承することに。

「唐沢、我が校が誇るこのサッカー部を頼むぞ。」

先代の部長からの激励に、

「まぁ、出来る限りがんばりますけど、あんまり期待しないでください。」

と、いつもの調子で答えた。
これが俺である。
責任感はなく、いつも適当に生きているといった感じ。
俺が部長に選ばれたのは、
技量とたまにしか見せないリーダーシップが原因だろう。
先程、責任感がないといったが、それは興味のない事だけだ。
試合の時にはいつもチームを引っ張っていた。
無意識のうちに・・・。

「お前なら、部長になってもやっていけるだろう。
なんたって、うちの部のエースなんだからな。」

「だと、いいけどな。」

共に部活に入った親友に、素っ気ない返事をする。
俺と彼、茂元俊信とは小学生以来の仲で、もう十年の付き合いになる。
結構顔立ちのいい彼は女子の人気の的である。
彼のそんなところに少し嫉妬を感じるが、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
まぁ、こんな性格だからしょうがない。
そう言えば自己紹介がまだだったな。
俺の名前は唐沢秀人。
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の少年時代を送り、ごく普通の友達を持った。
こんな普通だらけの人間も珍しいと自分でも思う程だ。
だが、この秋が俺の人生で最も思い出に残ることになろうとは、誰が想像しただろう。

 

 引継が正式に終わってから一週間が経った。
いつも通りに部活が終わり、俺は俊信と一緒に購買部にいた。

「今日はお疲れ。」

「サンキュー。」

ジュースをおごってもらい、彼に礼を言う。
こういうところが彼の人気の秘訣なのかも知れないと思いつつ、飲み物を口に運ぶ。
すると、

「お兄ちゃん!」

遠くの方から声が聞こえた。
聞き慣れた声だったので、大して驚きもせずに俺達は顔を向ける。
そして、そこには俺達のよく知る人物が立っていた。

「美咲か。
部活はもう終わったのか?」

三つ編みの女の子に俊信が声をかける。
彼の妹の美咲だ。
彼女との付き合いも彼と同じ程度。
ちなみに彼女の部活は家庭科部。
料理が昔から得意で、よくお菓子などを作ってくる。
それが俺の楽しみでもあった。

「今日はやることがなかったから、すぐに終わっちゃったのよ。」

「ふーん。」

どうやら今日はミーティングだけだったらしく、
楽しみにしていた料理が無くて、俺は少しガックリした。
ちょうど小腹も空いていたし、ちょうどいいなと思ったのだが・・・。

「んっ?どうした、秀人。」

「何でもない、腹が減っただけだよ。」

さすがに料理を期待していたとは言えず、自分の今の状態を説明するだけにとどめた。
まぁ、嘘は言っていないからいいだろう。

「じゃあ、そろそろ帰るか。」

「そうね。」

「そうだな。」

俊信の提案で俺達は購買部を後にした。

 

 外は日がすっかり傾いており、俺達の影も普段の倍以上に伸びている。
この時、俺が少し気になっていることが一つだけあった。
それは、美咲が俊信の腕をしっかりと抱き締めていることだ。

「お前等、恥ずかしくないのか?」

「俺は、恥ずかしい・・・。」

彼が顔を赤らめてそう言う様を見て、笑いが込み上げてきた。
もっとも、苦笑いだが。

「たまにはいいじゃない、ね。」

「まぁ、別に咎めはしないけど・・・。」

無責任に言い放つ俺に、俊信からの見捨てるなと言わんばかりの目線が送られている。
俺にどうしろと・・・。
結局、この状態のまま分かれ道に差し掛かる。
思えば、俺達三人はこの分かれ道を何年間も通ってきたんだな。

「じゃあな。」

「秀人さん、またね。」

「・・・薄情者・・・。」

俊信のそんなぼやきが聞こえたような気がしたが、俺は無視してとっとと帰った。
思ってみれば、この頃からもう事件の兆しが見えていたのかも知れない。
そして、俺はそれに気付くべきだったのかも・・・。

 

 それから数日経ったある日、
俺は教室で携帯のメールを読もうと、制服の内ポケットに手を突っ込む。
携帯が震えたのは、それとほぼ同時だった。

「何だ、いったい・・・。」

そう呟いて、携帯の画面を見る。
それにはメールの着信を知らせるロゴが出ていた。
早速、メールを確認してみると、こう書いてあった。

『放課後に購買部に来てください。
お兄ちゃんには内緒ですよ。
by 美咲』

「美咲ちゃんからか。
どうしたんだろう?」

そう言って、クラスの前の席を見る。
そこでは俊信が眠っていた。

(俊信に内緒って・・・、どういうことだ?)

少し考えを巡らせているうちに、チャイムが鳴った。
仕方がないので、鞄から教科書を取り出す。
次の時間で今日の授業はお終いなので、あまり考えないようにした。

 

 放課後になり、俺は一人、購買部へ向かう。
俊信は用事があるらしく、先に帰った。
彼とはいつも行動を共にしているので、今回ばかりは好都合であった。

「お待たせ。」

購買部に着き、椅子に腰掛けている美咲に俺は声をかけた。
彼女の表情はなんだか暗い。

「ごめんなさいね、急に呼び出したりしちゃって・・・。」

「いや、いいさ。
・・・それで何か用?」

早速彼女に話を聞く。
だが、当の本人はモジモジしたまま黙ってしまった。

「何か、悩み事かい?」

当てずっぽうでそう言ってみる。
大抵、俺がこうして呼ばれる理由が相談事。
特に恋の相談がダントツに多い。
何でこんな無責任男に相談するんだろうと思ったこともしばしば。
いや、ない方が少なかったりする。
そして、彼女の場合もそうだった。

「じ、実は・・・、私、好きな人がいるんです。」

正直言うと、この時、ああ、やっぱりと思った。
明るい性格の彼女がここまで悩んでいるのだから。

「それで、誰が好きなんだい?」

優しい口調で革新的な事を聞く俺。
相手がどんな人なのかを知らないことには、恋愛の相談は出来ない。
もうかなりの経験をしているので、そのくらいの事は分かっていた。
自慢じゃないが、俺の相談した相手は殆どが幸せに、その残りも今は未練を残していない。

「誰にも・・・、言いませんよね?」

これもお決まりの質問。
殆どの相手は話が漏れることを恐れる。
まぁ、当然と言えば当然である。
誰だって自分の恋愛を話のネタにされたくない。
俺がああ、と頷くのを見ると、彼女は深呼吸をして、静かに話し出した。

「ハッキリ言います。
私、『お兄ちゃん』の事を好きになっちゃいました。」

「えっ・・・。」

俺は驚きを隠せなかった。
今まで彼女のことをブラコンと思ったことは多々あったが、
まさかこんな事になっているとは思ってもみなかったのだ。

「いけないって事は分かってます。
でも、そう思えば思うほど、だんだん諦めきれなくなって・・・。」

今にも泣き出しそうな感じで話す美咲を見て、最近の彼女の様子を思い出していた。
何週間前からか俊信を見る彼女の目が今までと違っていた。
たぶんこの時から彼女の中で俊信という人間の存在が〈兄〉から〈恋人〉に変わっていたのだ。

「あいつはその事を・・・、知らないか。」

彼女が首を横に振る前に俺は結論を出した。
あいつのことだ、そんな事を打ち明けられたら、真っ先に俺に相談するだろう。
長い付き合いなので分かっていた。

「秀人さん、私、どうしたらいいの?
もう、これ以上耐えられないよ。」

とうとう彼女の目から一粒の涙が零れてしまった。
これでは俺が泣かせているみたいである。
別に誰のせいとも言えないが。
仕方がないので、ポケットからハンカチを出して彼女に手渡す。

「確かに、難しい問題だよな・・・。」

俺もさんざん悩んだ。
いくら多くの相談を受けたといってもこんな相談は前代未聞である。
そして、しばらくしてある結論に達した。
ハッキリ言ってしまえば、俺が相談の最後に言う科白である。

「しょうがない。
とりあえず、あいつに告白したらどうだ。
確かにお前等は兄妹だから結ばれることはないかもしれない。
でも、辛い思いを抱き続けるいるより、言ってしまった方がいいよ。」

「・・・うん。」

美咲は静かに頷いた。
だが、さすがに表情は暗い。
仕方がなく、俺はこういう言葉を最後に付け加えた。

「お前等はさっきも言ったように兄妹なんだから、そんなに沈まなくても大丈夫だよ。
『絆』は、絶対に切れたりしない。
ふられた輩なんて、それっきりなんだからよ。」

「はい!」

最後にやっと笑顔に戻った美咲を見て、俺は内心ホッとした。

 

 その翌日、部室で練習メニューを考えていると、俊信と美咲が訪ねてきた。

「どうしたんだ?二人して。」

心なしか穏やかな表情をしている風に見える。
あれから俺も自分なりに考えたが、やはり叶うはずがない。
結局、昨日はどうやって美咲を慰めようかと、そればっかりを考えていた。
おかげで少し寝不足気味だ。

「秀人さんに言っておかなきゃならない事があって。」

「何だ?」

訳が分からないまま、俺は彼等の話に耳を傾けた。

「実はさぁ、昨日こいつから『好き』って告白されてな。
俺も一瞬ビックリしたんだけど、あることを思い出したんだ。」

「ある事って?」

「うん。すっかり忘れてたんだけど、私、『養子』だったのよね。」

「・・・はっ?」

そう聞き返してしまった。
なおも彼等は話し続ける。

「確か・・・、俺が幼稚園のころだったかな。
俺の親父が施設から女の子をもらってきたんだ。
あの時は驚いたぜ。
いきなり妹が出来たんだから。」

「あ〜あ、いったい何だったのかしら。
悩んで損しちゃった。」

もう彼等の声は俺の耳には入っていない。

(いったい何だったんだよ、俺のこの苦悩は・・・。)

呆れながらも密かにこの2人の幸せを願っていた。

 

「と言うわけだよ。」

日曜日、俺はとある喫茶店でとある女の子と話していた。
俺の彼女の岩瀬瞳だ。
ちなみに彼女はうちの部のマネージャーをしている。

「でも、よかったわね。
俊信君達が結ばれて。」

「まあな。
諦めろって言わないでよかったぜ。」

そういって俺はコーヒーをすする。
すると、

「ねぇ、私達の『絆』って絶対切れないよね。」

彼女がそんな事を聞いてきたので、

「簡単に切れないから『絆』って言うんだよ。」

と返した。
その瞬間、彼女が微笑む。
それにつられて俺も口で笑う。

「さてと、映画でも見に行くか?」

「ええ。」

彼女が頷くのを見て、俺は店を後にした。
瞳も後に続く。
外では秋を告げる風が木の葉と戯れていた。


久々にあげたな、オリジナル小説。
これも部活で書いた奴です。
いつの間にか定着してきた俺のポジション。
これで決定付けられました。
まぁ、こう言うのは好きなので、いいんですけど。
この作品、八百井系にならないかどうかで、ちょっと冷や冷や。
〆切間近になって書いたんです。
期間2日でよく書けたな〜、と思いながら、部誌に乗ったこれを読んでました。
では、これで。

 

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