「アーバイン」
「まだ買うのかよ」
この日彼がこの言葉を口にしたのは何度目になるだろう。
両手にかなりの荷物を持たされたアーバインが愚痴っている。
「この間は誰のおかげで無事に仕事が出来たのかしら」
ムンベイが振り向きもせずに言う。だがアーバインにはその表情が手に取るように想像できた。
なんつう憎たらしい顔だ。
内心でさらなる愚痴をこぼしながらも、このムンベイの言葉には黙るしかない。
アーバインが賞金稼ぎの仕事上、ムンベイに助けられると言うことはそう多いことではない。
それがつい先日のこと、アーバインのピンチをムンベイが救ってしまったのである。
ムンベイがこれを見逃すはずはない。
彼が受け取った賞金の中から自分が欲しい物を買ってもらうという名目で、
彼を買い物につきあわせているのである。
「ったく、昔もこんなことあったな」
彼の頭にまだ幼い頃のフィーネが浮かぶ。
あの時もアーバインのことなど全くお構いなしに、荷物がどんどん増えていった。
「愚痴ってばっかいるんじゃないよ。せっかくの休みなんだから羽を伸ばさなきゃ」
なにやら宝石の類をにこにこと見ているムンベイに、
「羽を伸ばしてんのはお前だけだろうが」
と小さな声で呟いてみる。
「あんですって!」
だがギロリと睨まれて、あらぬ方向を向いて口笛を吹く。
自分が少し情けなくなるアーバインであった。
「それじゃ、これとこれ……………それから」
「おいおいまだ買うのかよ。まったくこれだから女の買い物ってやつは……」
やれやれとあきれ、ふと人混みの中に目線を走らせる、と、
「?!」
人混みの中、確かにいた。
「すまんムンベイ!」
両手の荷物を放り投げ、人混みの中へと体を滑り込ませる。
後でムンベイの抗議の声が聞こえてくるが、今はそれに耳を貸すつもりはない。
「まさか………嘘だろ?!」
ちらりちらりと見えては隠れるその後ろ姿を、アーバインは人をかき分けながら懸命に追いかけていく。
「待て!
待ってくれキャロル!」
路地を曲がり、人混みが途切れる。
「?!」
確かに彼女がここを曲がったのを見たはずだった。
だが、そこに彼女の姿はない。
「………幻でも見たってのか」
周りの喧噪が遠のいていくのがわかる。
アーバインの意識は記憶の底に吸い込まれていく。
キャロルは、確かに…………
海辺に流れ着いた彼女が持っていたバラの花。
それを拾うこともなくアーバインは砂浜を去った。
「キャロル………」
「……イン!アーバイン!」
「ム、ムンベイ?」
彼の意識を引き戻したのは、額に血管を浮き上がらせているムンベイの怒声だった。
「あんた、いきなり走り出してどういうつもりよ」
「ちょっと待てムンベイ、実は……」
「問答無用!」
どうやら怒髪天を突く状態に陥っているムンベイには、
アーバインが真剣な顔になっていることなど全く関係ないことらしい。
哀れアーバインは顔面にムンベイの拳をめり込ませることとなった。
遠のく意識の中、人混みの中で確かに見たキャロルの横顔が甦っていた。
どんな心境だろうと、人間生きていくためには食事をとらなくてはいけない。
そして、アーバインが食事をとるには賞金を稼がなければいけない。
人混みの中で確かに見たキャロルの姿が気になって、
今は何も手に付かないような状態なのだが、それでも腹は減る。
乗り気はしないが賞金を稼がなければ飢え死にしてしまうのだ。
彼が追っているのは以前ヒルツの組織に所属し、
その中でもある程度地位が高かったとされている男。
もちろん賞金の額もそれに見合うように高い。
こいつをつかまえれば、しばらくは何もしないでも食っていけるだろう。
多くの賞金稼ぎが世話になっている情報屋【おふくろさん】。
そのおくふろさんから情報を仕入れたアーバインは、今この男を追っていた。
とある森の奥深くにある遺跡。
と言ってもすでに発掘は完全に終わっていて、そこを訪れる者はいない。
そこにその男がいるらしい。
情報によると、ヒルツの組織が崩壊し始めたころ、
この男が人員をかき集めて新しい組織を作り上げたのだという。
ヒルツは何処で集めたのか莫大な軍事力を有していた。
そのごく一部とはいえ、その数はそこらの盗賊とは規模が違う。
今その遺跡にいるのも、その組織のほんの一部分にすぎない。
が、今のアーバインにとってそんなことは毛の先ほども関係なかった。
自称賞金稼ぎである彼は、かたくなにガーディアンフォースであるとは認めず、
この手の話にはてんで興味を示さないのだ。
アーバインの眼中にあるのは組織の首領。
そして、その首に掛かった賞金だけなのだ。
彼の相棒ライトニングサイクスを走らせること3日。
その遺跡というのはそれほど苦労もなく見つけることができた。
簡単すぎるとさえ思えたのだが、
さすがにその遺跡に近づくに連れてそれらしい人間をちらほらと見かけるようになっていた。
どうやら警備はしっかりしているようだ。
怪しい人物がいれば、それこそ簡単に連中に捕まってしまうだろう。
とりあえずいつかのカツラをかぶり、ほんの申し訳程度の変装をしているアーバインは、
目を付けられた様子もなく遺跡近くのコロニーまでたどり着くことができた。
「問題はこっからだな」
森の中に身を潜めながら遺跡の入り口を、望遠のレンズ越しにのぞく。
「いるいる」
入り口はざっと見た感じここだけ。
その上見張りが5人、ゾイドが2体。
いくらなんでも忍び込むってのは無理そうだ。
となれば、
「なんかこのカツラと言い、あん時みてぇだな」
「組織に入りたい?」
いつもの雰囲気ではない、何処か冷たい感じをまとったアーバインが、見張りの前に立っていた。
「ああ」
必要以上のことは喋らない。
それが変装を見破られないコツだ。
「ちょっと待ってな。
聞いてきてやる」
見張りの内の1人が奥へと入っていった。
これで見張りは4人。やる気になればどうとでもなる人数だ。
そんなことをするアーバインではないが。
彼のポリシーは効率的に仕事をこなすことらしい。
しばらくして、奥からさっきの男が戻ってきた。
「お前、運が良かったな。
ちょうどここにボスが来てる。
奥で待ってるから顔見せてきな」
それを知ってるから来たんだよ。
内心でほくそ笑みながら、アーバインは男に促されるまま遺跡内部へと入っていった。
遺跡の中は思ったよりも入り組んでいた。
たぶん忍び込んだとしてもボスの所にたどりつくのは至難の業だったろう。
それを考えるとこの作戦は正解だったのかもしれない。
入り口からすでにけっこうな距離を歩いている。
かすかに傾斜が存在するため、今いるのが階層で言って何階になるのかも曖昧になってきている。
「ついたぜ」
ひときわ年期を感じる扉の前で立ち止まり、電子ロックを解除していく。
「奥でボスがお待ちだ」
ロックが解除され「プシュッ」と言う音を立てて、扉が開いた。
アーバインが部屋の中に足を踏み入れると、そこには指名手配中の男が待っていた。
だが、その中にいたのは男だけではない。
いや、もちろんボディーガードはいるのだが、それ以外にだ。
「嘘だろ」
表情が強ばる。スッと嫌な汗が背中に流れるのがわかった。
「我々はまだ小さな組織にすぎん。
だが、お前のような者達によって徐々に大きくなっていくのだ………どうかしたのか?」
アーバインの表情に気づき、男が不振そうな顔をする。
「キャロル」
無意識のうちに口をついて言葉が外に出る。
目の前にいるその名の人間を呼んだわけではない。
ただ、自分の中で確認するかのように。
「貴様!なぜ名前を知っている!」
男の怒鳴り声に我に返るが、すでにその時にはボディーガードがアーバインの両腕をホールドしていた。
「怪しい奴。牢屋に放り込んでおけ!」
こうなってしまってはしょうがない。
とりあえず正体をばらさないために、今までの無口なふりを続けながら、
大人しく牢屋に連行されるしかなかった。
「どういうこった」
確かに彼等がボスと読んだ人物は、アーバインのよく知るキャロルだった。
それなら、彼女も何かしら反応をしてもよさそうなものだが、一言の言葉も発してはいない。
よく考えてみれば、話していたのはあの賞金首の男で、
ボスのはずのキャロルが口をきかないのもどこかおかしい。
ベッドすら置かれていない牢屋の中で、アーバインは驚くほど落ち着いていた。
こう言うときはよく「焦ったって仕方がない」と言う彼だが、今回ばかりは状況が違う。
靴底から髪の一本まで調べられ、
武器やその他脱走に使用できそうなものは完全に没収されてしまっている。
今の状況で脱走はかなり困難なことだろう。
それでも、彼は焦りの一つも見せはしない。
この自信は一体何処から来るのだろう。
「考えててもラチがあかねぇ。
そろそろ頃合いだと思うんだがな」
立ち上がって鉄格子の外をのぞき込んだまさにその時、
遺跡自体が大きく振動し、警報機が鳴り響きだした。
「やっと来たみてぇだな」
ゆれはますます激しくなり、ついには鉄格子をゆがめるほどになった。
「さっさと離れないと、俺もやばいな」
言うが速いか、アーバインは大きくなった格子の間を抜けて外に出た。
基地内部はパニック状態に陥っていた。
いきなりの襲撃らしく、未だ完全とは言えない組織の統制力はここぞとばかりに崩壊しているようだ。
こうなってくれば、アーバインが逃げるのも造作もないこと。
適当に銃を引ったくり、道に現れる邪魔者共を蹴散らしながら、一直線に外に出る。
「また、派手にやってんなぁ」
日の光に目を細めながら、アーバインの視界に入ってきたのは、彼がよく見知った青いゾイド。
バン・フライハイトの愛機ブレードライガーだった。
ブレードライガーは周りから現れるレブラプター、レッドホーン、ヘルキャット、ゴルドス、ヘルディガンナーなど、
様々なゾイドを軽々と相手にしている。
吹き飛ばされたヘルキャットが遺跡にぶつかり、またも遺跡内部に大きな振動が走る。
アーバインはそこをバンに任せ、再び基地内部へとはいる。
「キャロル!」
崩れかけた遺跡の中を走りながら、懸命に名前を呼ぶ。
だがそれに対する返事は一行に返っては来ない。
「くそっ、一体何処に………」
アーバインが立ち止まると、ちょうど彼の進行方向の壁が崩れ、そのまま道をふさいでしまった。
が、その崩れた壁をよく見てみると、
「こいつはまさか」
土を手で払っていくと、そこに隠し扉が現れた。
緊急脱出用の通路か何かだろう。
となれば、ボスであるはずのキャロルがここを通った可能性は高い。
アーバインは迷わずその扉を蹴破った。
「ハッキリさせてやる」
通路の奥を見据え、アーバインは拳を握りしめた。
通路は以外に短く、すぐに明かりが見えてきた。
通路の中は、薄明かり程度の照明しかなく、走ってそこを抜けたアーバインに急激な光量が襲う。
目を細めながら辺りを見回す。
どうやらゾイドの格納庫らしい。
まだ戦闘に出ていないゾイドが何体か残っている。
その中には自慢の愛機ライトニングサイクスの姿もある。
それを確認して少し安心しながら、再び周囲を注意深く見渡す。
すると、格納庫の端に例の男とキャロルの姿を見つけることが出来た。
2人は赤いストームソーダーに乗り込もうとしている。
飛行ゾイドで一気に逃げる気なのだろう。
「待ちやがれ!」
アーバインの声に気づき、男が銃を撃ってくる。
アーバインはサイクスの足下まで走り、自分の持っている銃の残弾を確認する。
「たったの4発かよ」
舌打ちしながらマガジンを戻す。
「おい!キャロル!」
サイクスの足から少し顔を出して、彼女に呼びかける。
だが、キャロルはそれに答えようとはしない。
「ムダだよガーディアンフォース。
ヒルツ様が残した技術だ、そう簡単に解けやしない」
男の言葉が示すことは簡単だった。
「マインドコントロールか」
吐き捨てるように言って、再び銃を構えなおす。
キャロルはうつろな瞳のままストームソーダーのパイロット席に座る。
「行かせねぇ!」
男がその後に乗り込もうとしたとき、意を決してアーバインが飛び出し残り4発の銃弾を連写する。
3発はストームソーダーの機体に小さな傷を付けただけだった。
だが残り1発は、
「ぐっ」
男が肩を押さえ、地面に落ちる。
キャロルはそれをうつろな目で見つめ、何もしようとはしない。
「キャロル!」
ストームソーダーに駆け寄りながら、アーバインが叫ぶ。
男が体を起こして銃を構えている。
それを視界にとらえても、ここで止まるわけには行かない。
男の銃弾に頬が裂け、髪の毛が散る。
肩に傷を受けた男の銃弾は、アーバインをとらえることはなかった。
「邪魔だ!」
「がはぁっ」
銃弾を受けた肩に蹴りを入れられ、男はそのまま意識を失った。
「キャロル」
コクピットに駆け寄り、キャロルの肩をつかんだ。
「キャロル………俺がわかるか」
アーバインの顔をのぞき込む彼女の瞳には光がない。
「…………」
「………?!」
不意にアーバインはキャロルと唇を重ねた。
今まで全く感情の無かった顔には、驚きの表情が浮かんでいる。
「あなたは………あああああああああああ」
光を取り戻しかけた彼女の瞳は、急にアーバインの姿を拒絶した。
操縦桿を握り、コクピットを開いたまま強引に機体を動かす。
「キャロル!」
懸命にしがみついていたが、腕の力はつき、ついにアーバインはそこから投げ出されてしまう。
そのままコクピットは閉まり、天井をぶち破ってストームソーダーが外へと飛び出していく。
「くそっ」
落ちたときに打ち付けたらしい左腕を抱えながら、急いでサイクスに乗り込む。
「俺はもう無力なんかじゃねぇ」
大切な人を失う。そしてそれに対して何もできない自分。
過去の姿がフラッシュバックし、アーバインを苛立たせた。
「助けてみせる」
アーバインの決意に答えるように、愛機ライトニングサイクスは大きく咆吼を上げた。
「あれは……」
ブレードライガーの頭の上をかすめるようにして、
闇を切り裂いて赤いストームソーダーが通り過ぎていく。
「資料にあったボスの機体」
周りにはバンによって倒されたゾイド達が倒れている。
すでに何十体と戦ったかわからない。
それでもブレードライガーにはさしたる損傷も見られない。
ストームソーダーを追うべく方向を変えると、強引に通信回線が開いた。
「バン、ここは俺に任せてくれねぇか」
「アーバイン?!」
「頼む」
「………わかった」
「すまねぇ」
回戦が再び一方的に切断され、ブレードライガーの横をライトニングサイクスが走り抜けていく。
それを見送ってから、バンは少し何かを考えてから、通信回線を開いた。
「こちらガーディアンフォースのバン・フライハイト。
処理班を回してくれ。
任務完了だ」
ストームソーダーがその気になれば、地上を走っているライトニングサイクスが追いつけるはずはなかった。
地上でいかに最速と言われていようとも、その速度は音速の壁を越えることなどとうていあり得ないのだから。
そのはずなのだが、2機の距離は離れるどころか徐々にではあるがつまり始めていた。
アーバインがストームソーダーを確認してから約10分程度、ついに距離は無いに等しくなった。
「キャロル?!聞こえるか?!
そこから降りるんだ?!」
通信回線を開きキャロルに呼びかける。
アーバインの声が聞こえているか、彼女は頭を押さえ苦しそうな顔をしている。
「やめて?!これ以上苦しめないで!!」
通信は切られ、ストームソーダーが一気に加速する。
距離を離すと機体を反転し、サイクスの頭をかすめるほどの低空を通りすぎる。
一呼吸遅れて、音速の飛行ゾイドが起こす衝撃波がサイクスの機体を地面からはぎ取る。
「くっ………まさか、またこの衝撃波を受けることになるとはな」
空中で機体バランスを立て直し、何とか無事に着地する。
そこにねらいを定めたミサイルがサイクスを襲う。
着地と同時に横に飛びミサイルをかわすが、
ミサイルはそのまま反転して再びライトニングサイクスを標的とする。
ミサイルを背に加速を始めるライトニングサイクス。
ストームソーダーはその上を眺めるように追いかけてくる。
サイクスとミサイルの距離が縮み、ついに着弾。
だがミサイルはそのままライトニングサイクスを突き抜けてしまった。
その場にあったはずのサイクスの姿は掻き消え、すぐ横を何事もなかったかのように走行している。
目標を見失ったミサイルは、中で不規則に円を描き、地面と空中で爆発した。
「まるであの時の再現だな」
その時不意に回線が開いた。
「いやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ」
キャロルの絶叫がストームソーダーとライトニングサイクスのコクピットに響く。
ストームソーダは再び加速し、今度は更に低空を、機体を反転させて突っ込んでくる。
ストームソーダーのトップソードが地面をえぐり、土煙が上がる。
「キャロル!」
交差の瞬間、ライトニングサイクスは軽く跳びストームソーダーの腹を蹴り落とした。
ストームソーダーはそのまま地面に激突し、何度かバウンドしながら破片をまき散らして森の中に落ちた。
ライトニングサイクスもソニックブームによって宙を舞い、
今度は体勢を立て直すこともできずに地面にたたきつけられた。
「キャロル………」
コクピットを開きストームソーダーが落ちた森を見る。
そこからは爆発を示す煙が上がっていた。
「アーバイン何かおごってやろうか」
「おいおいバン、どういう風の吹き回しだ」
少し前にムンベイに連れ回された商店街を今は、バンとアーバインが歩いていた。
あの後、墜落の現場を探したがキャロルの姿を見つけることはできなかった。
おそらくは墜落の時に外に投げ出されたのだろう。
「今回はお前にいろいろ助けられたし………それに………」
「………………」
「………なんだよ?」
「つまんねー気を回すんじゃねーよ」
アーバインはバンの肩をバシンとたたき、
「お前に心配されるようになっちゃおしまいだな」
と冗談めかして言う。
「アーバイン……」
「俺はまたバカンスにでも行って来るわ。お前等から報酬はもらったしな」
一応今回の事件解決の功労者と言うことで、GF本部からアーバインに恩赦が出ている。
それも結構な額である。
アーバインが以前と変わらない様子を見せたことで、バンも安心し、
そのままアーバインはさっさと行ってしまった。
「いつものことだけど、慌ただしいな……ん?」
その時、ふとバンの視界に1人の女性の姿が映った。
その姿はついこの間見たばかりのもの。
「まさか………」
その姿を追ってバンは人混みをかき分けていく。
「ちょっと待ってくれ!」
人混みの中を縫って角を曲がる。
そこはとたんに人の通りが少なくなっていた。
「ちょっと待ってくれ」
女性の姿はすぐそこにあった。
バンに呼び止められ、彼女が振り返る。
「……………」
バンは息をのんだ。
その顔は資料で見ていたボスのそれにそっくりだったのだ。
彼女がマインドコントロールされていたというのはアーバインから聞いていた。
そのためキャロルを操っていた男の捕獲で、
彼女自身はそれほど力を入れて捜索されてはいなかったのだ。
「もしかして……あなたは私のことを知っているのですか?」
「え?」
「私記憶喪失なんです!昨日倒れているところを見つけられて………」
彼女はバンにつかみかかってきた。必死の形相で。
「何も………覚えていないんです」
「そう………ですか」
「もし何か知っているなら教えて下さい。私のこと………」
「…………すいません、人違いです。お役に……立てません」
小さな声でバンはそう言った。
彼女はゆっくりとバンをつかんでいた手から力を抜いていく。
「そう…………ですか」
「本当にすみません」
深々と頭を下げ、バンは逃げるようにその場を離れていった。
pumpkin_headさんから頂きました。
本当のアニメを見ているようで、読んでいてワクワクしちゃいました。
考えてみれば、キャロルもヒルツの犠牲者なんですよね。
アーバインは「強くなりたい」と心底思っているはずです。
でも、彼には仲間がいる。
永遠に無くすことの出来ない仲間が。
バン達がいる限り、アーバインはもっと強くなると思います。
すてきなアーバイン小説をありがとうございました。