「約束のない出会い」
「今日の戦闘シュミレーションはこれで終了だ。
全員帰還してくれ。」
無線を通して伝えられるハーマンの声に、それまでの緊張が解ける。
「ふい〜、終わった終わった!」
「バン、お疲れさま〜。」
「フン。たいしたもんじゃ無かったな。」
「君なら楽勝なテストだったね。」
テストを終えたバンとレイヴンを、フィーネとリーゼが迎える。
「あっちいなぁ〜。
今日はただでさえ気温が高いってのに。」
「多分、どっかの誰かさん達のせいじゃねえの?」
相変わらずのムードにアーバインとキースが冷やかしを入れる。
「だあ、もう!毎度毎度同じ手でからかうなよ!!」
「へらへらしてる貴様が悪いんだろうが。」
半分呆れ、半分恥ずかしさから叫んだバンに、皮肉っぽく言うトーマ。
こうなると毎度毎度のパターンで・・・
「トーマにだけは言われたくねえ!!」
「なんだと!?」
「あ、トーマの彼女が・・・」
「え、どこ?どこですか〜?」
「ほら見ろ。」
「うぎぎ・・・バン、貴様と言う奴はどーしてそう・・・」
トーマとバンの口ゲンカが始まるのである。
他の連中もいつものことだと、諦めの表情。
最も一方的に喋っているのはトーマだが。
数分後、トーマの説教攻撃をしのいだバンが、原因の一つであるキースに話しかける。
「そういえば、キースの大切な人はいないのか?」
バンの質問に、さらりと答えるキース。
「いるに決まってるさ。
家族と相棒だよ。」
しれっとした態度に、リーゼが少しむくれたように言う。
「そうじゃなくて、好きな人とか!」
「いないよ。
俺、あんまり女と出会うこと無いからな・・・。」
キースの言葉が途切れる。
彼は頭の中に、ある人の面影を思い浮かべていた。
「やっぱ、いるんじゃん。」
リーゼの一言に、ギクリとするキース。
彼女はテレパシー能力を発動して、キースの心を読んでいたのだ。
「・・・卑怯だぞ、リーゼ・・・。」
「ねえ、どんな人なの?その恋人。」
「恋人じゃないっての!!」
フィーネの言葉を力いっぱい否定するキース。
だが、今度はバンとトーマが食って掛かる。
「教えてくれたっていいじゃんか。
いっつも俺たちはからかわれてるんだぞ!」
「そうだ。
1人だけ話さないなんて、それこそ卑怯だぞ!」
「・・・そういうんじゃないって、言ってるだろ。」
二人の勢いに、言い訳じみたことを言うキース。
「じゃあ、どう言うのなんだ?」
絶対零度の響きを持つレイヴンの言葉に、言葉を詰まらせるキース。
5対1では、到底勝ち目は無い。
「・・・・・好きとか、そういうんじゃなくて、
“気になる”って言うか、なんて言うか・・・」
「それって、好きってことじゃないの?」
フィーネの言葉に首を振り、少しテンションを落として話し始める。
「違うよ。
俺、あんまりって言うか、全然彼女のこと知らないし。
会ったのだって、ほんとに偶然・・・。
それも、7年も前の話しだしな。」
「どんなヤツだったんだ?」
今度はアーバインの質問。
「うーん、冷静なヤツだったな。
無愛想だけど、意外と世話焼きだったな。
あくまで俺が思ったことだけど。」
「なんか、最初の頃のレイヴンみたいだな。」
「リーゼもそんな感じだったわよね。」
「まあ、あの時はね。
僕もレイヴンもいろいろあったし。」
バン、フィーネ、リーゼが懐かしむように話す。
レイヴンはそっぽを向いている。
どうやら余り思い出したくないらしい。
「で、名前はなんて言うんだ?
その人は。」
トーマの質問に、記憶を探るような表情で答えるキース。
「確か・・・ミコト、だったかなぁ?
セカンドネームは忘れちまったけどな。」
(今頃、何処で何やってるんだろうな?あいつ・・・)
荒野を走る共和国郡の一団。
その戦闘付近に位置する飛行ゾイド、レイノスから男の声が響く。
「なあ、ハーマン。
遺跡群とやらは一体いつ見えてくんだよ。
荒野ばっかりで、景色が変わってねえじゃねえか。」
「そう、愚痴るなよ、キース。
もう少し先に谷が見えないか?」
「ん?ああ、なんか絶壁って感じのヤツなら見えるけど。」
「そこに遺跡群があるんだよ。
ガリル遺跡並の物が十数個あると言う話だ。」
「遺跡っつったって、似たり寄ったりじゃねえか。」
キースとハーマンの会話。
ずっと低速で飛行していることに飽きたキースをハーマンが宥めているという感じだ。
そんな状態が30分ほど続くと、
共和国最大の遺跡が存在する場所、オリゾンバレーに到着した。
「へえ〜。
結構ちゃんとしてるな。
他の遺跡って、崩れてるところが多いのに。」
「ここは余り調査の手が入ってないからな。
5、6年前に熱心な考古学者がここの発掘をしていたらしいが・・・」
「ま、とりあえず手分けして調査するか。
こんなにでかいんだから、結構かかりそうだし。」
「ああ、そうだな。
全員、手分けして調査にかかってくれ。
何か見つけたら無線で連絡するように。
遺跡の中心部はかなり複雑な構造になっているので、あまり奥まで行かないように。」
「了解!」
兵士たちがチームになって、それぞれ割り当てられた場所に向かう。
「じゃ、ハーマン。
俺はあっちのほうを見てくるぜ。」
「ああ、気をつけろよ、キース。」
ハーマンと別れ、端の方に位置する遺跡へ入っていくキース。
しばらく中を探索していると、急に明るい場所に出てしまった。
「ありゃ?何で、谷なんかに出てるんだ?この遺跡。」
キースが調べていた遺跡は、縦に細長い構造をしていたらしく、
歩いてるうちに、谷の付近に辿り着いたらしい。
崖に面した、奥庭のようなところだ。
噴水や、花壇などの残骸がある。
「へえ〜、結構きれいだな。」
と、呟きながら、あたりを散策する。
だが、彼はこのとき気付いていなかった。
ここの谷は2、3ヶ所、三角形のように鋭く切り出した崖があるのだが、
この庭園はまさしく、そこに位置していた。
庭と言うのは、植物などを植えるために土の部分が多く、その場所は非常に脆いものである。
普通は、柵などで囲ってあるものだが、なにぶん古いので、ほとんど崩れ落ちている。
そんな事を言ってる間にも、地面の柔らかい所に踏み出してしまったキースは・・・、
「うわあああ〜!!」
案の定、落下してしまった。
(なんて扱いするんだよ作者!:キース)
(しょうがないじゃん、そうしないと話が進まないんだから!!:さくら)
目を開くと、まず見えたのは天井だった。
だか、病院や軍関係の施設のものではない。
普通の民家か宿のようだ。
しばらくぼんやりとしていたが、少し動かした足の痛みに意識がはっきりする。
(いってー。なんか、足、痛いな・・・ って、当たり前か。
崖から落ちたんだから。
そういえば・・・俺、どーなったんだろ・・・。)
「目が覚めたか?」
正面の扉が開くのと同時に聞こえた、凛とした女性の声。
勢いで上半身を起こすと、背中が鋭く痛んだ。
「急に動かない方がいいぞ。
骨折はしてないから、たいしたことないと思うけど。」
痛みに顔をしかめながら、声の主を見ると、
藍色の髪を無造作に頭の上で結んだ少女が、腕を組んで扉に寄りかかっていた。
氷のような色をした瞳で、真っ直ぐにキースを見つめている。
「あんたが助けてくれたのか?」
「ちょうどあの谷の近くを通ったからな。
捨てて行くわけにもいかなかったし。」
答えながら、キースが寝ているベッドの脇に立つ。
「右足は捻挫しているみたいだが、安静にしていればすぐ直る。
それにしても、あの高さから落ちて打ち身と捻挫だけで済むとは・・
ずいぶんと運のいいやつだな。」
ちょっと皮肉を含んだ言い方に苦笑するキース。
「まあ、運は割といい方だからな。
怪我の手当てには礼を言うよ。
俺はキース・クリエード。
共和国軍の大尉だ。君は?」
「・・・ミコト・ナルシア。」
「ミコトか、よろしくな。
で、ここは何処なんだ?」
「あんたが落ちた谷の出口付近にある、私の家だ。
仲間に連絡を取りたいなら、通信機がそこの机の引き出しに入ってる。
この部屋は客室だし、私の部屋は2階だから、好きに使え。
家の中は自由に歩き回ってもいいが、
あんまり無理をして怪我が酷くなっても知らないからな。」
淡々した調子で言うと、キースに背を向けて扉のノブに手をかける。
「ありがとよ。
お言葉に甘えて、使わせてもらうぜ。」
「・・・・・・」
ミコトはその言葉には答えず、キースをちらりと一瞥すると、部屋を出て行った。
「・・・さて、とりあえずハーマンに連絡するか・・・」
通信機を手にする。少し古いタイプの無線機だった。
「こちら、キース・クリエード。
ハーマン、応答してくれ。」
位置が近いので、通信はすぐに繋がった。
「キース!姿が見えないから、探してたんだぞ!
今、何処にいるんだ?」
「あ〜、それがなあ、崖から落ちたみたいなんだよな。
それで今、手当てをしてくれた人の家にいるんだけど・・・」
「崖から落ちたあっ!?」
「いや、怪我はたいしたことは無いんだけどな。
でも、多分今日中に合流するのは無理だと思うんだ。
もう、日も暮れちまったしな。」
「・・・・・わかった。
俺達も3日ぐらいはこっちに駐留してるつもりだし、
それまでには合流しろよ。
じゃなかったら、置いていくからな!」
「了解。
悪いな、ハーマン。」
「いいさ、気にするな。」
通信をきると、はあ、とため息をつく。
「帰ったら、クルーガーのおっさんに説教くらうんだろうな〜。」
その時、コンコンとドアをノックして、トレイを持ったミコトが入ってきた。
「連絡はついたか?」
「ああ、なんとかな。」
「・・・そうか。」
さして興味もなさそうに言うと、彼女は持ってきたトレイをサイドテーブルに乗せる。
「・・・食事、これでいいか?」
温かそうな湯気を漂わせている料理に、キースの顔が明るくなる。
「おっ、美味そうだな。
ミコトが作ったのか?」
「ああ。
食器、後で下げに来るから。」
「サンキュ。
わざわざ持ってこさせて、悪いな。」
「・・・別に。
けが人に動き回られても、困る。」
素っ気無い言葉だけを返すと、ミコトはさっさと部屋を出て行った。
キースが食べ終わった頃、
ミコトがケースのようなものを手にして入ってきた。
「食べたか?」
「ああ、すっごく美味かったぜ。
ありがとな。」
キースの褒め言葉に少し照れるように顔をそむけ、食器を片付けると、
持ってきたケースを開け、包帯やシップを取り出す。
「・・・足。」
「え?」
「包帯、取り替えるから。」
「あ、ああ。」
布団を避けて、丁寧に手当てをしていくミコト。
キースはそれを見ながら、さっきから気になっていたことを質問する。
「なあ、ミコト。」
「なんだ?」
「いいのか?
大の男が、女の子がいる家になんか泊まって。
家族に俺の方から、お礼言った方が・・・」
「・・・いない。」
手当てを終えたミコトは、ポツリと呟くように言う。
「?」
「親はいない。
子どもの頃に死んだ。」
突き放すような言い方に、キースは言葉を詰まらせる。
「・・・・・悪い。」
「気にするな。
どうせ、もう顔も覚えていないんだ。」
「じゃあ、ずっと独りなのか?」
「ああ。
いや、その前からもだ。」
「えっ?」
「親は、確か考古学者かなんかだったんだ。
遺跡の調査だとか、学会だとかで、ほとんど家にいなかった。
私よりも、自分たちの研究の方が大事みたいだから。
あんまり顔をあわせてなかったから、両親が死んだ時も、あまり悲しいとは思わなかった。」
「・・・そうなのか。
でも、どんな親でも、子供の事を思わないわけないと思うぜ。」
「・・・・・・」
キースの一言に、ミコトは一瞬寂しげな表情を浮かべると、無言で部屋を出て行った。
残されたキースは少し、複雑な気持ちになっていた。
夜。
普通なら、眠っているはずの時間だが、今日はなんだか寝付けない。
(水でも飲んでくるかな。のど渇いたし。)
そう思い、部屋を出てキッチンに向かう。
足はだいぶ良くなっていて、ゆっくり歩いたぐらいで痛まなかった。
暗がりの中、それらしき部屋に入ると、そこはキッチンと続いているリビングだった。
流しに行こうとする時、何気なく窓の方を見ると、月明かりをあびて外の荒野を眺めているミコトがいた。
「何してるんだ?」
「・・・別に。」
キースが訊ねると、彼のほうを見向きもしないで答える。
しばらく、沈黙の時が続く。
「ミコト、すまなかったな。」
最初に沈黙を破ったのはキースだった。
「何がだ?」
「さっき、無神経なこと、言っちまって・・・」
「・・・気にするな。
私が勝手に喋っただけなんだから。」
あくまでクールに答えるミコト。
その様子に、キースは言葉を詰まらせる。なんと言えばいいのか・・・
「でも、独りで寂しくないってのは嘘だろ。
人間誰だって、独りでいるのが辛いもんだぜ。」
「そうなのか?
私はずっと独りだからな。
多分、もう慣れたんだろう。」
「嘘だ。」
きっぱりと、キースが言い放つ。
「嘘じゃない。
私はいつも独りだった。
これからだって・・・」
「ミコト、・・・・」
言葉をかけようとしたが、かけられなかった。
ミコトがあまりにも、辛そうな顔をしていたから。
おそらく、本人は気付いてないだろうが。
気まずい雰囲気を破ったのはミコトだった。
「明日、仲間と合流するんだろ?
今のうちに寝ておいた方がいいぞ。」
「あ、ああ・・・おやすみ。」
後悔なのか、なんなのか、
良く解らない感情を抱えたままキースは部屋に戻った。
((この気持ちは一体なんなんだろう・・・))
翌朝。
すっきりしない気持ちで、キースは目を覚ました。
リビングに行くと、ミコトが食卓テーブルに座っていた。
「おはよう。」
「・・・朝食、食べていくだろ。」
ぎこちなさそうにミコトがテーブルの上を示す。
見ると、サンドイッチが二人分の皿に盛られていた。
「ああ、いただきます。」
椅子に座って、食べ始める。
もう、会うこともないだろう、彼女の方を向いて。
「軍の、駐留場所は何処なんだ?」
ミコトの何気ない質問に答えるキース。
「ああ、遺跡群の近くだと思うけど。」
「あそこまでは、50km近くあるぞ。」
「う゛・・・」
ミコトの言葉に考え込むキース。
「送っていくか?
1人乗り用のゾイドしかないけど。」
「いいのか?」
「ああ。」
食べ終わった二人は外へ出る。
沈黙のままで。
家の横には倉庫があり、ミコトはそこを開け、中に入っていった。
しばらくすると、銀青色の、ライガー型のゾイドが現われた。
もっとも、色からも形からも、見たことのないゾイドだと言うことは明白である。
「ここまで上がれるか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
ミコトの手を借りて、コックピットに乗り込む。
座席の横にスペースがあったので、そこに立つ。
「見たことのないゾイドだな?」
「ソードレーヴェ、と私は呼んでいる。
以前、遺跡で見つけたんだ。」
「へえ〜。」
「行くぞ。」
ミコトが操縦桿を倒すと、レーヴェはうなり声を上げて走り出す。
10分もすると、遺跡群の近くまできていた。
「ありがとな、ミコト。
ここら辺でいいぜ。」
キースがそういうと、ミコトはゾイドを停止させ、コックピットを開ける。
「じゃあな。」
「ああ」
別れの言葉は、そんなもんだった。
当たり前と言えば、当たり前だ。
再会を約束するような、そんな別れではないのだから。
だがキースはどうしても、ミコトの事が気になっていた。
たった数時間しか一緒にいない彼女の事が、
どうしてこんなに気にかかるのか、解らなかったからだ。
沈黙が続く中、ミコトはハッチを閉め、レーヴェと共に走りだした。
遠い、荒野に向かって。
キースは、その影が小さくなるまで、そこに佇んでいた。
再会を約束するような、そんな出会いじゃなかった。
でも・・・
((この気持ちは、一体なんなんだろう・・・))
Fin
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すいません。こんな駄分を送りつけてしまって・・・
なんか、予定とだいぶ変わってしまいました。
ハルフォードも結局名前すら出なかったし。
ちなみに(この気持ちは、一体なんなんだろう・・・)は両方のセリフです。
ちょっと深い意味があるので。
一応話中ではミコトが17歳。
キースが20歳で、再会する時ミコトは24歳です。
飾っていただければ、光栄でございます。
それでは☆
葉月さくらさんから頂きました。
キースの恋、面白かったです。
ミコトって本当にレイヴンに似てますね。
無愛想なところとか、恋に奥手なところとか・・・。
いつか、こちらの方でも出したいと思います。
ミコトとキース、2人の再開の場は第3部で作れればいいなぁ・・・。
さくらさん、素晴らしい小説をありがとうございました。