「エヴァンジェリスト」

 

 クリスマスを前にして、雪が降った。
昨夜からの吹雪は、今朝になっても止む気配を見せず、
すぐ近くに停まったはずのゾイドの姿も見えない。
ここ、ウインドコロニーでは、何十年ぶりなのだろう。
30男の僕にも、覚えがない。

「ねーちゃ――ん!」

「マリアさん!」

クリスマスの早朝、
息を切らしてブレードライガーから降りてきたバンとフィーネは、真っ直ぐにマリアへ駆け寄った。
マリアが大きく両腕を広げて、ショールを滑り落として駆け寄る。

「水臭いわ、フィーネっ、
ここは貴方の家も同然なんだから、ただいまって言ってちょうだい!」

「え・・・・・・じゃ・・・・・・た、ただいま帰りました・・・・・・」

なぜかどもりながら頬を染めるフィーネの肩に両手を置いて、マリアは少し涙ぐんでいるようだ。

「お帰りなさい、フィーネ。メリークリスマス!
元気そうでよかったわ」

「フィーネには甘いなあ、姉ちゃん・・・・・・」

抱きとめてもらえずに勢い余って雪の積もった地面に座り込んだバンが呟いた。
ジークが彼の襟首をくわえて引っ張りながら首を傾げる。

「マリアも君があんまりここに来ないもんだから、拗ねてるんだよ。
もっとちょくちょく連絡をしなさい」

僕がマリアのショールを拾って彼の前に立つと、
バンは僕の影を見下ろしてから僕を見上げ、にっと笑った。

「神父様。少し老けたか?
っつーか、一応クリスマスだぜ?
仕事は?」

・・・・・・のっけから失礼だなあ、この子は、

「仕事はこれからだよ」

クリスマス行事は24日のうちに一通り終えているので、僕の今日の仕事はそんなにない。
今年は帝国からの難民が流入し、『牧師』と必要とする人も増えて、
大きなコロニーにその人たちを送る手配などもあって例年より忙しくはあったのだが、
普段のクリスマスというのは、今は年中行事の一つに過ぎない。
遥かな昔には宗教戦争すら起こったらしいが、現代にはちょっと想像がつきにくい。
神は人のためにあるものだからね。

「これ、今回の分」

バンの渡した紙切れを開き、僕は目を丸くした。

「これはまた……」

「報奨が出たんだ。
俺は給料も持て余してるってのにさ。
使ってよ」

「そうそう、お友達を連れて来たんですって?
その子は?
どこなの?」

「ああ、そこにいるよ」

ようやく弟を向いた姉に苦笑しながらバンが指す方を見ると、黒髪の青年が目に入った。
黒いマントをなびかせて雪の白の中に立ち、無表情で僕達を見ていた。
消え入りそうな表情の割に、風体は存在感が強い。
彼のせいではないにしろ、僕は彼には少々恨みがある。
今年こそマリアを誘おうと思っていた、僕のクリスマス計画は丸潰れだ。
バンとフィーネが帰って来る時には、連絡をよこさないのが普通なのだが、
友人を連れてきたいからということで、珍しく事前にマリアの意向を窺う電話が入った。

「レイヴンよ」

フィーネが言って、彼の腕を強引に掴み、此方に引っ張ってくる。

「はじめまして、レイヴン。
私はレ……」

「ウインドコロニーの神父様だ」

バンが遮る。
彼は、僕の名前を実は知らないのか、
まさか『シンプ』だと思っているんじゃなかろうなと、僕は時々勘繰ってしまう。
名字を知らないことは間違いない。
このウインドコロニーでは、僕は『神父』、長くても『レオン神父』で通る。

「よろしく」

僕が差し出した手を、青年は取らずに返事だけした。
切れ長の目が僕を真っ直ぐに射抜き、僕は不覚にもたじろいだ。
なんというか、不愛想な青年だ。
こういう子とも仲良くなれてしまうのが、バンの凄い所だろう。
と、青年の後ろから、ひょっこりと白い顔が覗いた。
真っ白いフードをすっぽりと被った小柄な少女が、見上げている。
教会の青いステンドグラスのような目が印象的だ。
僕を捕らえて、何事か驚いたように瞬きした。

「あら、1人って聞いてたけど」

更にゾイドの方からすごい勢いで駆けてくる、後ろから黒い羽根つきと青の頭に突起がついた
これは……オーガノイド!?

「こっちはリーゼ。
向こうから走ってくるのがレイヴンのオーガノイドのシャドーと、
リーゼのオーガノイドのスペキュラー」

「はじめまして、リーゼ。
こちらのお嬢さんとは、どういう関係?
バン?」

ぽかんとした僕の前でフィーネとバンが顔を見合わせる。

「友達」

「レイヴンの恋人よ」

「レイヴンがリーゼも一緒にじゃなきゃ来ないって」

「ラブラブなの。ね?
ら・ぶ・ら・ぶっ」

『違うっ!』

2人が息の合った様子でからかうフィーネを怒鳴りつけるのを見て、僕とマリアは納得する。
なるほど、初々しくてかわいいカップルだなーと。
夜の食事に招かれたので、僕はそこで一旦退散して、教区回りに向かう。

 

 戦後のウインドコロニーは、あまりいい状態とはいえない。
一般人にもわかってしまう。
この雪でもわかるように、デスザウラーの強大な力は、気候すらも狂わせた。
作物の出来にも影響がでることは間違いない。
しかもデスザウラーにも無傷だったうちのコロニーには、難民が流れ込んで、
家屋や仕事の提供が追いつかないでいる。
あばら家に夫を亡くした病気の母親、痩せ細った腕の先には4人の幼い子供、
なんて光景を見れば割り切っているつもりでも、げそっとする。
バンを連れてこないでよかったと思う。
大昔の聖人の格好をして、プレゼントを配るしか、こっちにはできることはないんだから。
彼らを助けた所で、このコロニーにも、ここ以外にも、
救済を求める人々は犇(ひしめ)いているのだから。
このコロニーは恵まれている方なのだ。
バンが色々と援助してくれているおかげで、それでもだいぶ助かっている。
少なくとも食料面は、今のところ不自由しない。

 

 できるだけのことをして、マリアの家に辿り着いた頃には、
夜もとっぷりと更けて疲れ果てていた。
ノックもせずに扉を開けると、温かい空気がどっと流れてきて、ホッとした。

「レイヴンて、初対面のときは俺らを助けてくれたんだよ。
それがその日のうちには、敵に回っちゃってさ。
敵意ビシバシでさー、すっごく俺のこと嫌ってるみたいでさ」

玄関を入った広間にテーブルが出され、全員が座についていた。
オーガノイド達は足元で猫のようにうずくまり寝転がり、食事を摂っている。

「その割に、何回も俺の前に来るんだよな」

「バン・・・・・・お前が一方的につっかかってきたんだろうが・・・・・・」

「そうだっけ?フィーネ。
あ、お帰り、神父様」

話を振られたフィーネは此方に目を向けて立ち上がりながら言った。

「うーん、そうなんじゃない?
最初、バンはてんで相手にされてなかったと思うわ・・・・・・
神父様、びしょびしょ。
早く入ってストーブにあたってください」

「お帰りなさい。
すぐ食事持ってきます」

マリアが奥へ走っていって、すぐに食器とタオルを持って駆け寄ってくる。
僕は重くなった黒い服の上着と帽子を脱いで、彼女に渡した。
マリアはそれをジークの背中に置いて、僕の視界は白くなった。
ふわふわのタオルからはここの家の匂いがした。

「聞き忘れたんだが・・・・・・」

レイヴンの醒めた声がする。

「この神父はお前の義兄(あに)なのか?」

・・・・・・・・・・・・え?
あ、しまった。
リアクションのタイミングを、外した。
マリアも頭を拭いてくれる手を止めて、無言でいる。
こ、ここで一押し・・・・・・と悪魔の形をした積極性が囁く。
ど、どうやって?人前だよ、と天使の形をした消極性が囁く。

「違う違う。
この人、俺の死んだ父さんの部下だった人でさ、
父さんがいなくなってから、こうして俺たちの面倒見ててくれるんだ」

バン……ここまで鈍いと、ある意味感謝状ものだ。
マリアがほっとしたように手を動かし始め、明るい声で言う。

「神父様もここの出身でね、父さんに憧れて軍に入ったんですって、ねえ、神父様?
はい、おしまい!」

背を向けるマリアを、僕は恨めしく見送る。
席につき、フィーネが盛ってくれた自分の分の食事に手を付ける。

「お前の親ってもういなかったのか」

レイヴンは結構マイペースな子であるようだ。
バンと仲良いのも、わかるような気がする。
常識人では、バンにはついて行けまい。

「あれ、話してなかったっけ?」

「バン、喋りながらフォークを振り回すものじゃありません」

「ごめんなさい、マリアさん・・・・・・
いっつも注意するんだけど、お行儀直らないの・・・・・・」

「ところで、バンとレイヴンはどうやって仲良くなったんだい?」

黙々と食べ物を口に詰め込んでいたリーゼが、顔を上げた。

「そうそう、その話をしてたんだった。
そういやレイヴン、お前って2年間何やってたわけ?」

「別に……」

「リーゼ知ってる?」

「ひみつ」

「・・・・・・リーゼ。
お前何か、知ってるんじゃなかろうな?」

「さあ?」

「俺は、あんまり変わらなさすぎて、びっくりしたぞ。
そのまま大きくなった感じ。
服も同じだし」

「バン、お前が変わりすぎなんだ、何だその割れた腹は」

「ひっでえ、鍛えたんだぜ?」

手を止めたリーゼが溜め息をついた。

「でもいいなあ。
バンもフィーネも、その頃のレイヴン、直接知ってるんだもんな」

直接・・・・・・?
変わった言い方だ。

「昔のレイヴンとリーゼが会ってたら、
そのままバトルだったと思うけど・・・・・・」

「そう、ゾイドをまともに扱える奴と認められて
初めて真の倒すべき相手と扱われ・・・・・・」

「ってそれ、どっちについても敵ってこと?」

「お前ら・・・・・・」

うっすらと剣呑な空気が漂い始めた所へ、マリアが柔らかに事情を訊ねる。

「なあに、どういうこと?」

「レイヴンて、ガイロス帝国の独立強襲兵だったんですけどね、
口癖が、ゾイドは嫌い?
ん、ゾイドが上手く扱えない奴は嫌い?
どっちだったかしら、シャドー」

スープが、喉から逆流してきた。
やっぱり、彼だ。
若者の会話を邪魔しては悪いと、食事を進めていた僕に、まるで天啓のような確信だった。
咳き込む僕に、何事かと皆が視線を向ける。
僕は軽く手を振って、隣のマリアに言った。

「七面鳥はもう皆の胃袋の中かい?」

「あ、いっけなーい。
まだです。
すぐに出しますから・・・・・・」

「いいよ、僕が行くから。
レイヴン、手伝ってくれないかな。
重いんだよ、片方持って」

手招きすると、彼は不思議そうにしながらも大人しく立ち上がってついてきた。
台所に入り、一旦扉を閉めて、
オーブンの中の七面鳥を数種類の付け合せが盛り付け済みの大皿に乗せて、僕は声を低めた。

「僕の事を覚えているかな」

レイヴンは無表情のままに首を傾げた。

「もう10年程は前のことになるかな。
僕は同僚と、バンの父親のダン少佐と、オーガノイドを探しにでたんだ」

レイヴンは大きく目を見開いた。

「途中で少佐が、長い黒髪の、黒い目の、8歳かそこらの少年を拾ってきた。
埃とオイルまみれのひどい有様だった。
どこでどうして彷徨っていたのか、何も教えてくれなかった。
よっぽどの経験をしたんだろうな、繰り返し繰り返し、一つしか喋らなかったよ。
『僕は、ゾイドが、嫌いだ』ってね」

彼は、昔の悪戯をしつこくからかわれる、子供のような顔をした。
僕は、なんだか居心地が悪くなった。

「君はあの時の子だね。
あのオーガノイドは、あの時ハルフォードが覚醒させてしまった子だ」

「……昔のこと、です」

小生意気な口調、他人を威圧する雰囲気。
あの女の子のような男の子とは、見違えるばかりで、
先程のバンの話といい、彼が決して幸せな環境に育ったのではないことが窺える。
それでも、彼が生きていてくれて、僕は嬉しい。
あの騒動の中で、僕は彼を捕まえていられなかった。
ハルフォードの罪も立証できなかった。
自分のアホさ加減に嫌気がさして軍人を辞めたけれど。
結局、人を救うことは人を殺すよりもずっと難しい。

「うん、昔の事だね。
でも僕は君に会えて嬉しいよ。
一度だけ、ダン少佐のお墓参りに行って顔を見せてやってくれないかな。
バンと一緒に君の顔を見たら、きっと喜ぶよ。
少佐は最期まで君の事をとても心配していたから。
それに、何の因果か、君と君のオーガノイド」

「シャドー」

「そう、シャドーは・・・・・・
こうして少佐の守りたかったこの場所に、辿り着いたんだから」

彼の瞳の奥で何かが揺れたような気がしたのは、気のせいかもしれない。
彼はそれ以上は何も言わなかった。

「神父様あ?
どうかしましたあ?」

マリアの声がして、僕達はクリスマスの鳥と共に、食卓へ戻った。

 

 次の日に僕が訪れると、
レイヴンはバンと共に外に出て行った、
フィーネとリーゼ、オーガノイド達の姿もいつの間にか家の中になかった、
と、マリアが、戸口で口を尖らせた。

「薪割りをやってもらうと思ってたのに!
どこ行っちゃったのかしら!」

「代わりにやろうか?」

「なら、皿洗いをお願いできます?
なにしろ、量が多くて」

人が6人とオーガノイドが3匹、食べ物の量も尋常ではない。油物も多いし。
台所の狭い窓から外を見ていると、雪を踏みしめて帰ってくる彼らが見えた。
雪は昨夜のうちに降り止み、太陽が光を存分に与えている。
白が反射する。
雪の丘には点々と足音がついて、
その中に名前のとおり鴉のように、レイヴンが目立っている。
バンとフィーネが先に走る。
レイヴンの背後から、小走りに走り寄って来たリーゼが、彼に抱きついた。
遠慮が過ぎてかえって、押し倒すような格好になって、
抱きついた本人ごと雪の中に前のめりに倒れる。
レイヴンは見事に、顔から落ちた。
彼は雪を被って勢いよく起き上がり、手近な雪をかき集めて彼女に投げつけた。
彼女のオーガノイドが彼に応戦して、彼のオーガノイドがむきになる。
バンとフィーネも加わって、あっという間に雪合戦になる。
若者は元気だ。
光が眩しく、距離も遠く、皆の表情は見えない。
ダン少佐、貴方の息子は2人とも、元気にしていますよ。
良い子に育ちました。
僕が貴方に良くしてもらって、マリアとバンを託していただいて、
貴方を殺した軍に嫌気がさして辞めて、神父になって、
ウインドコロニーでマリアとバンを見守ってきました。
バンの旅立ちが予想以上に早くて、
見えない所で大人になりきって僕ははっきり言って役立たずで、
少し淋しかったのですが、彼は貴方の2人目の息子を連れて帰ってきました。
しかも、2人とも、もう大切な人を連れてます。
お約束は果たせたでしょうか。
安心していただけました?
できることなら・・・・・・。
僕は、隣でせっせと食器を洗っているマリアの横顔を盗み見て、もう一度彼らに視線を戻す。
僕も少佐の息子に加わりたいんですが、どうでしょう。

「神父様、昨日からあの子達の事ばかり見てません?」

「そんなことありませんよ」

言ってみようかどうしようか。

「私は、僕は、マ・・・・・・」

「姉ちゃ―ん、タオル放って―――――!
リーゼが側溝に落ちた――――!」

バンが扉を蹴り開けてバンが叫ぶ。

「何やってんの、あんた達っっ」

「だって、雪が積もっててわかんなかったんだよっ」

どやどやと子供達が帰ってきて、一気に空気が変わる。
ダン少佐、貴方をお父さんと呼べる日まで、あとどれくらいかかるでしょうね・・・・・・。

END


「永久未解放」の佐脇 美亜さんから頂きました。
クリスマスのレイリーです。
神父さん視点でなんか、ほのぼのとしています。
そう言えば、レイヴンとレオンさんって会ってたんだよなぁ、と思い出しました。
あと、シャドーとも。
あれでレイヴンがダンさんに連れられて、バンと一緒に育ってたらどうなったんでしょうね。
あっ、そしたら、リーゼとの出会いも無かったかな?
まぁ、結果オーライ(by ビット)と言うことで・・・、
ダメ?済まない?でしょうね。
そしたらレイヴンの人生が不憫か・・・。
でも、やっぱり今が良ければいいのでは?
だって、俺達は今を生きてるんだからよ。(by キース)
佐脇さん、どうもありがとうございました。

 

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