「祈り」
〜雪解けの花〜

 

 私の家は代々、アレクサンドラ家に仕え続いてきた家系だった。
元々は広大な森を住処とする狩猟民族だったらしい。
私の体の中には、森の狩人の民の血が、流れている。
・・・私は、生まれた時から、
アレクサンドラ家時期当主を支える力となれるよう、様々な教育を受けてきた。
料理、掃除などの一般的な家事はもちろんの事、語学、経済学などの英才学習、
ピアノなどの礼儀作法から一通りの護身術まで。
中でも射撃は得意だし、大好きだった。
・・・先祖代々伝わる、血のせいかもしれない。
だからゾイドの操縦を習いだした頃、私の愛機ははじめからガンスナイパーと決めていた。

「主に危機が及んだ時、いざとなればその身を盾にしてでも守る事。
私達は住処たる森を、あの家の方々に守られてきたのだ、その恩を返し続けるのだよ。」

と私の父は言った。

「アナタが・・・アルビレオ=ノクターンさん、ですか?
・・・はじめまして。」

私が仕えるべき主に出会った時、あの方は笑ってくださった。
だがその微笑みには、深い悲しみと寂しさが秘められていた。
・・・私より年下で、小さなその幼い身で。
・・・例えるならば、到底抱えきれない何かを、必死に支えているような。
到底叶いそうにない何かを、懸命に祈るような。
・・・守らなければ。
この方の、そばにいなければ。
その時に、私は私の運命を、固く心に誓った。

「アル、とお呼び下さい。
・・・わが主、シーリウス様。」

あの方の寂しげな笑顔は、あの方のご両親に原因があるのだという事に気付いたのは、
奥様が病床に伏せられるようになってから間もなくの事だった。
多忙ゆえに不在の多い旦那様を待ち続ける病弱な奥様。
その背中を見つめているシーリウス様。
・・・見つめていても振り返らないその背中に、何を見つめ、考えていたのでしょうか。
私は、奥様もシーリウス様も、とても寂しくて寂しくてたまらないのだと思った。
大好きな人に想いが伝わらないのは、そばにいられないのは、どんなにつらく孤独だと思うだろう。
こんなに近くにいるのに。
なんて遠い距離なのでしょうか。
なんて遠くまで来てしまった想いなのでしょうか。
・・・振り返ることも、とうに忘れる程に。
私もまた、シーリウス様の小さな背中を眺めながら、
”従者”である身をただただ、もどかしくはがゆく思っていました。
”従者”である私の言葉では、シーリウス様を真に救う事はできないのです。
こんなに近くにいるのに。
どんなに想っても、・・・なんて、遠いのでしょう。
ですが、私はあなたのおそばにずっといます。
ずっといますから・・・。
どうか、お一人で何もかもを背負いにならないで下さい。
傷つかないで下さい。
・・・私はあなたの”従者”なのですから。
お言葉に従い務めを果たしますから。
・・・少しだけでもいい、いつか、心の底から笑ってください。
それだけできっと、私は救われるのですから。
主の喜びが、従者の至福なのです。

 

俺の家は代々、アレクサンドラ家に仕え続いてきた家系だった。
元々は広大な山脈を掘り鉱脈を見つける山男達の集団だったらしい。
つまり、俺の体の中には、鉱山夫の血が流れているってわけだ。
だからこんなにがたいがよくなっちまったのかね?
・・・俺は生まれた時から、
アレクサンドラ家時期当主の右腕となるようにと、様々な教育を受けさせられてきた。
半ば無理やりにな。
・・・まあ他にする事もなかったし、一通りこなしたが。
俺の運命は、走るレースはすでに敷かれていたって訳だ。
交渉、契約などの執事としての教育を筆頭に、語学、経済学などの英才学習、
来客応対等の礼儀作法から一通りの護身術まで。
特に運転技術に関してはありとあらゆるものを操縦させられた。
まあ大好きだし得意だったから真剣にやったが。
・・・山を開拓してきた先祖様の血のせいか、ゾイドの操縦を習いだした頃、
爆撃機や重火器を搭載した機体がやりやすかったので、俺の機体が決まった時色々と改造した。

「いいか、お前はこのフィスト家の血を継ぐものだという事を忘れるな。
主に危機が及んだ時は、その身を盾にしてでも守れ。
我々はあの家の方々のおかげで今も働いてこられたのだ、
その恩を刻み続けなければならん。」

と俺の親父は言った。
・・・だが、正直俺はそんなのどうでもよかったね。
望んだわけでもないのに、たまたま生まれたってだけで家や古いしきたりに縛られるのはごめんだ。
気に入らなかったらすぐにでも出て行けばいいさ、と思った。
勘当されたって構うもんか。
俺が背負うもんだ、俺自身で決めるってのが当然だろ?

「アナタが、デネブ=フィストさん、ですね?
・・・はじめまして。」

あいつに出会った時真っ先に、女の子か?と思ったぜ。
男にしちゃ可愛すぎだし・・なんつーか・・頼りねえなあ。
細いしちっこいし。
なのに大人ぶってるんだ。
いや・・大人でなければならない、というのが妥当かな。
・・・俺よりずっと下なのになあ。
苦労してんだな、時期当主のおぼっちゃまは。
転んで血を出しても大丈夫と笑う。
体が弱くて熱を出しても平気だと、毎日のレッスンや学習にきちんと時間通りに行くんだ。
・・・ああもう、無理すんなって。
あぶなっかしくて、見てらんねえよ。
ついに俺は選んじまった。
このちっこいおぼっちゃまを、固く心に刻んじまった。

「何かあったら呼べよ、シーリウス!」

・・・俺が呼び捨てにする事を、俺より先にシーリウスに仕えてたアルって奴は気に入らないらしい。
美人だが無愛想で真面目すぎるんだよなあ、アルは。
同じ主に仕える従者同士、仲良くしたいねえ。
シーリウスは

「あなたは面白い人ですね。
どうぞ名前で呼んでください。
その方が僕も気楽ですし。」

って言ってるし、いいじゃねえの。

「不真面目すぎる!
従者としての自覚がないのか?!
・・・・貴様とは到底、気が合いそうにない。」

へいへい、悪うござんしたね。
・・・アルってば、そんなに眉間にしわよせてたら折角の美人が台無しだぜ?

「私の容姿がどうあろうが、貴様には関係ないことだ。」

・・・こりゃまた冷たいお言葉で。美人が怒ると、迫力あるね。
俺も多少なりとも自分の家や親に不満があるが、
シーリウスはもっと重く冷たく、深いもんを抱えたね。
それが爆発したのは、あいつの母親・・・つまり奥様が亡くなり、葬儀を終えた後の事だった。

 

 屋敷にめったにいない旦那様・・・つまりあいつの父親が帰ってきたんだ。
葬儀を全て終えた日の、夜遅くに。
旦那様を見た途端、
シーリウスは今までのあいつからは信じられないような目つきで自分の父親をにらみ、怒りをあらわにして言った。
俺もアルも、初めて見るあいつの激情に、始めはただただ呆然としていたんだ。

「・・・こんな時まであなたは、仕事の方が大事なんですか。
・・・お母様が亡くなったというのに。
あなたは式にすら出なかった。」

そう、奥様の葬式に関してのあらゆる作業と手はずは全て、シーリウスとアルと、俺で行った。
当然旦那様には真っ先に伝えたんだ。
・・・だが、到着した時、全ては終わっていた後だった。
あいつが怒るのも、無理はない。

「・・・すまなかった。
新しいゾイマグナイト製のゾイド装甲開発のプランが立て込んでて・・・」

「言い訳なんか聞きたくない!!!」

全てを遮断する怒鳴り声が、屋敷中に響いた。
・・・激しい怒りと、憎悪。
深い悲しみが入り混じった顔。
・・・もはやシーリウスには、普段の穏やかな表情は微塵もない。
・・・やばい、と思った。
横に控えているアルも同じものを感じたらしい。

「お母様が毎日毎日、どんな思いでいたか・・・!!
・・・・僕は許さない、あなたを絶対に許さない!!」

その途端、旦那様に向かって駆け出したシーリウスに俺は抱え込むようにして立ちふさがった。
アルは旦那様の方に駆け寄り、前に立った。

「落ち着け、シーリウス!!
ここで暴れても何にもならねえだろ!!」

「シーリウス様、おやめください!!」

俺とアルの言葉などまるで耳に入っちゃいない。冷静さをすっかりなくしている。
シーリウスはなおも掴みかかろうと暴れ、叫び続けた。

「お母様を死なせたのはあなただ!!
だから僕はあなたを絶対に許さない!
許さない!許さない!!」

「アル!旦那様を別の部屋に連れていけ!
シーリウスは俺が何とかする!!」

「・・・わかった、そちらは任せる!
・・・旦那様、こちらの方へ!」

もがき暴れるシーリウスを抑えながら、
アルが旦那様を連れ部屋を出たのを確認すると、俺はこいつを解放した。
・・・全く、普段病弱で小さな体のどこにこんな力があったんだよ?疲れたぜ。
シーリウスは徐々に落ち着いてきたようで、その場に力なくうなだれたままじっとしていた。
・・・しばらくして、ぽそっと、つぶやいた。

「・・・違う・・・。
そばにいながら・・・守れなかった僕が・・・本当はお母様を死なせたんだ・・・。
死なせてしまったんだ・・。」

・・・おいおい・・・。
今度は自分を責めるのかよ?
・・・勘弁してくれよ。
どうしてそう、何もかも自分で抱えちまうんだよ?

「・・あのな、シーリウス。
奥様はもともと病弱だった。
死因は風邪をこじらせて、悪性の肺炎になっちまったからだ。
医者だってそう言ってる。
お前のせいじゃない。
お前のせいじゃないんだ。」

・・・俺は、様々な教育は受けたが、人の上手い慰め方ってのは知らない。
こういう時、どう言えばいいんだよ?!
誰か教えてくれ・・。
ああ畜生、アルの方がよかったかなあ、こういうのは。

「・・・でも・・・。
僕が・・・僕がもっとしっかりしてれば・・・。
そうすればきっと・・・。
きっと・・・。
う・・・うわあああああああー!!」

シーリウスはとうとう、こらえきれずに泣き叫んだ。
葬式の時、こいつはいっぺんも泣かなかった。
当主としてみっともない姿は見せられない、と。
もういいんだ、泣いてもいいんだお前は。
親が死んだら子供は泣くもんだろ?
今まで抱えてたもん全部、ここで流しちまえ。
泣きじゃくる背中を抱えながら、俺は思い出していた。
奥様が具合を悪くした、あの日の事を。
奥様が風邪をひいた原因になったのは、雪の日に外に出て行ったからだった。
屋敷の部屋から出ない奥様がその日に珍しく外に出ていくなんて、誰にもわからないだろ?
お前に非はない。
俺の方がずっと責められるべきなんだ・・・悪いのはお前じゃない。
俺なんだ。

「・・・シーリウス、よく聞け。
誰だって万能じゃない。
全知全能の神様じゃないんだぜ、人間は。
・・・何にだって終わりはある。
限りもある。
それは誰にも責められない、どうしようもない事なんだ。
・・・ただ、「その時がきた」ってことでしか言えないんだよ。
その時まで、限られた中で何が出来るか、何をしなければならないのか・・・。
それを考えていく事が大事じゃ、ないのか?」

泣き声が小さくなり、静かになったシーリウスに、俺はとにかく必死で言葉をつないだ。
沈黙は・・・大の苦手だ。
泣いたって、帰ってこないんだぞ?
残された中で何ができるのか考えていた方が前向きじゃないか。
俺は根が楽天的だし不真面目だし、どうしようもないがな。
・・・どうせ生きるなら楽しい方がいいって思ってる。
お前は10にもならない子供なんだぞ?
もう少し、自分を楽にさせてやれよ。
でないといつかパンクしちまうぞ?

「・・・なら・・・僕はお母様の為に、何ができたんだろう・・・?
今の僕に、何ができたんだろう・・・?」

「・・・。」

シーリウスの呟きに。俺はただ、黙っている事しか、できなかった。
・・・・アルと旦那様は、どうなったろうな。と、ぼんやりと考えながら。

 

「・・・そうか・・。
シーリウスはよほど私を恨んでいるだろうな・・・。
無理もない・・返す言葉も、ない。」

私の長い長い話をお聞きになられた後、
そう言って深いため息をついた旦那様は窓の方に向かい、夜空を眺めておりました。
その背中はひどく・・孤独に見えました。
この方は、悲しんでおられる。
奥様を・・ご自分の妻を失って、悲しんでいます、シーリウス様。

「病弱な体を心配しすぎて、ガラスの人形に触れるかの様にしてしまった・・・。
大事なものは誰にも見せないように、きつく蓋をして・・・閉じ込めて。
結局私は、臆病で不器用で・・・結果、何もかもなくしてしまった・・・・。
愚かだな、私は・・。」

「どうかご自身を、責めないで下さい、旦那様。
・・・私の配慮が足らず、力不足ゆえにこの様な事が起きてしまい、申し訳ありません・・・。
どうかお咎めなら、私に。」

旦那様は奥様もご子息であるシーリウス様も大事にしていらっしゃった事、わかっておりましたから。
奥様やシーリウス様の誕生日に。クリスマスに。
事あるごとに手紙と贈り物をなさっていた事、私とデネブはわかっておりました。
この身はそばにいられないから、せめて代わりにと様々な物をお送りくださいましたね。
その全てに直筆の手紙が添えられておりました。
奥様もシーリウス様も、とても喜んでいたのですよ。
・・・・・きっと、きっと。
わかってくださいます。
責めるべきがあるならば。
それを上手く伝える事の出来ない、私なのです。

「・・・なぜ、ステラはその日、外に出たのだろう・・?
私にはそれがわからない。
・・・アルビレオ、何か知っていたら、話して欲しい。」

ステラ。
・・・ステラ=アレクサンドラ。
それは奥様の名前だ。
どこかの国の言葉で、”星”という意味だと奥様自身から聞いた事がある。
“だから自分の子供にも、星の名をつけたかったのよ”と嬉しそうに話してくれた事は、今でも覚えている。
私の名前も、デネブも、皆その名は星の名前だった。
私もデネブも、同じ夏の星座の中の、頭の部分と尻尾の部分に当たる星の名前らしい。
・・・あいつと同じ星座の中とは、正直かなり複雑だ。
親同士が同じ家に仕える身同士親しい間柄であることが、
このような名がついた原因なのかもしれない。
“偶然なのかしら、それとも星のお導きかしら?”とお屋敷に上がった当時の、
元気な頃だった奥様は驚いていたが、
それならば同じ星の名前同士、きっと仲良くできるわね、と微笑んで
“息子の力になってあげて下さい。”と頭を下げられた。
・・・・あの頃がきっと、一番幸せで穏やかな時だった。
今は、何て・・・・悲しく、冷たいのだろう。
この屋敷は重く、広く感じるのだろう。
溶ける事無く降り積もってしまった雪の道を。
厚く張られ閉ざされた氷の壁を。
・・・越えられる時は、来るのだろうか。
私は、旦那様の問いにしばし迷った後。
・・・覚悟を決めた。
雪解けの時が来るように、祈り続けながら。

「・・・スノー・ドロップ・・・。
奥様は、庭に咲いたその花を窓から見つけて、積もうとしたのです・・。」

「花、だと・・・・?
どうして・・?」

「・・・・・・・・あの日、奥様は具合がよく・・・・・自分が弱いばかりに、
幼いシーリウス様にいつも淋しい思いをさせてばかりいると、心を痛めておられて・・。
そうして窓の外を眺めておられて・・・。」

“アルビレオ、花が咲いているわ。スノー・ドロップよ。雪解けの花だわ。”

“・・・スノー・ドロップ?
・・・雪解けの花?”

窓に近づいて庭の片隅を見下ろすと、雪の降る中、小さな小さな白い花が一輪だけ、
地面から顔を出しているのが見えた。

“あの子に見せたら、喜んでくれるかしら・・・・。”

そう言って奥様は部屋を出て行った。
・・・・その時に、すぐに後を追うべきだった。
それからすぐ後に、花に向かって歩いている奥様の姿を発見した時、私は驚いて下へ向かった。
その時に初めて気付いたのだ、自分の愚かさに!
廊下でデネブとすれ違った。
背が高く大柄で赤い髪という目立つ容姿。
だから遠くでもすぐにわかる。

“おい、どうしたんだ?慌ててかけると転ぶぞ?”

“うるさい!貴様、奥様とすれ違ったか?”

“ああ、さっき階段下りてったの見たけど・・?・・・どうしたんだ?”

“外に出ていってしまわれたんだ!!”

“なんだって?!”

私達が玄関に辿り着くと、奥様はすでに外から戻っていた。
頭に肩に、雪を積もらせて。
雪と土に汚れ、凍えた真っ赤な指先は、一輪の花を大事に抱えていた。

“アルビレオ、この花を入れる器はないかしら?”

“・・・な、何おっしゃってるんですか?!
風邪でもひかれたら大事です、はやくお着替えをしないと・・!”

“あら・・・。
大丈夫よ、アルビレオ。
「雪解けの花」が咲いてるんだもの。
もうすぐ春が近いのよ。だから大丈夫よ。”

奥様はそう、笑っておられた。
そうして部屋に戻る途中でこう言った。

”あの子を迎えて、驚かせましょうか。
・・・車の音がしたら、教えて頂戴。”

”・・・奥様・・。”

”心配ばかり、かけさせてしまったからね・・。あの子には。”

笑顔で迎えて、あげなくては。
・・・だが。
シーリウス様が、奥様の代わりに出席なされた客人のパーティーから帰ってくる少し前に、
奥様は高熱を出し、倒れられた。

「シーリウス様は・・何も知らないんです。
何も・・・。
どうか、お咎めなら、裁きなら私にお下し下さい!」

そして、知られるわけにはいかない。そんな事になったら・・・。
くやしい、くやしい。自分が呪わしい。
何もかもを見ながら、何もできない自分が呪わしくてくやしい。
・・・この身を千に引き裂いてでも、救いたいのに。
そうして救われるなら、私はそのために、何だってするのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか・・。つらかったろう。
・・・・・・・・・すまない・・・・
。アルビレオ=ノクターン。」

「・・・旦那様・・・。
申し訳ございません・・・・。
うう・・・・。」

唇を噛み、必死で涙をこらえようとしました。
・・・しかし、私はまだまだ未熟者でした。

「君にも、デネブ=フィストにも・・・つらい思いをさせて・・・すまない。」

いいえ、いいえ、旦那様。どうかそのような顔を、なさらないで下さい。
当主を守るべき盾になれぬ私に、そのようなお優しいお言葉を、おかけにならないで下さい。

「あの子には・・何も言わなくて、いい。
私は全て、あの子の責めを受けよう。」

「しかし、旦那様・・・・!
それではあまりにも・・!」

「憎しみが・・いや、憎しみでもあの子の力になるならば。
あの子の為になるのならば。
私は喜んでそれを受けよう。」

今ではもう、そうする事しかできない。そうされるべきなのだ、と旦那様はおっしゃった。

「アルビレオ=ノクターン。デネブ=フィスト。
・・・この事は一切、他言無用だ。
・・・・現当主としての、[命令]だ。」

なんて悲しい、命令なのでしょう。
そして従者である私達は、それを受け入れるしかない。主の命令は、絶対なのだから。
私達はただ一度、頷いただけだった。

「つらい思いをさせておきながら、すまないが・・・。
・・・・・・これからも、あの子を・・・頼む。」

そう言って、深く頭を下げる旦那様に。
私達はただただ、頭を上げてくださいといい続けた。
だが、旦那様はしばらくそのまま、動こうとしなかった。

 

固く部屋を閉ざしたまま、出てこないシーリウス様に、旦那様は出発前、扉越しに言った。

「シーリウス・・・。
母さんの金時計は・・・・お前が大事に、持っていてくれ。」

そうして扉の前の床に、奥様が大事になされていた金の懐中時計を静かに置き、その場を去っていった。
旦那様が乗り、デネブが運転する車の音が、遠ざかってからしばらくして。
部屋の扉がわずかに開き。
シーリウス様の小さな手が懐中時計を手にとると。
再び扉は静かに、閉まっていった。
私はその様子をただ・・・通路の曲がり角から見ているだけでした。

 

・・・俺達の前にダークが出てきたのは、それから二ヶ月ほど経った時の、夜の事だった。
季節は春になったってのに、やけに寒い日だった。
ダークは自分が生まれた理由、目的を事細かに話した後、こう言った。

「3日くらい前に、面白い奴等に声をかけられた。
BD団の会員にならないかって。」

「BD団・・?!」

「大方うちが金持ちだから、資金提供とかそういうつもりだろうなあ。」

だが・・・ダークはそれだけじゃなく、自らをウォリアーにしろ、と逆に申し出たという。
シーリウスは・・・家がゾイドに関係するから、一応一通りの事は教わっていると聞いた。
だが、奥様のことがあって、自ら乗る事を避け続けてきた。

「お前達はどうする?
俺に従うか?従わないか?
どちらか選ばせてやるよ。」

・・・俺達がいなくなれば、シーリウスには誰もいなくなっちまう。
そんな事できるか!
つくづく手のかかる奴だな、お前は!!
・・・・仕方ないから、とことんつきあってやるよ。

「ついてってやるよ。
・・・だが、俺は元々不真面目な奴だからな。」

いつも命令に従うかどうかは、保証しねえよ?

「俺の邪魔にならなけりゃ、別に構わねえさ。」

そう言って、ダークは笑った。
・・・悪夢なら、覚めて欲しいと思った。
今、目の前にしているのは、シーリウス様の形をした、まるで別人。
私がお仕えするのは、後にも先にもただ一人だ。
だが・・・・デネブが横で囁いた。

「俺達は、シーリウスを失うわけにはいかない。」

何とかする。
お前にはくやしいだろうが、今は事を荒立てるな。

「それに・・・俺達がいなくなったら、あいつには誰もいなくなる。」

「デネブ・・。」

「あきらめるな。
・・・必ず、何とかしてみせる。
何とか、なる。」

私は貴様を、少々見直したよ。
まさかそんな言葉に、力づけられるとはな。

「私も、共に参ります。」

この身はあの方を救えぬのなら。
せめて同じ血を、流し続けよう。

「じゃあ、まあよろしくな。」

そう言って、ダークは笑った。
そうして、私達は「チーム・デッドエンド」の名を与えられ、BD団の一員となった。
BD団内では、組織内部のトラブル処理係みたいな任務に当たることとなった。
これだけの大きな組織だ。
様々な人間達が行き交い、時に激しい衝突が起きる。
まとめあげるために余計なものを始末する。
闇を闇に還す、といった所だ。
・・・正直、表舞台に立たずに済んだ事に、ほっとしている。
シーリウス様は当主ではあるが、とても普通の少年の顔もお持ちだから。
この年頃の少年なら誰でも、ゾイドウォリアーになることに憧れを抱く。
シーリウス様も、そのお一人であるから。
・・・その夢を自ら壊すようなことにならず、密かに安堵している。
私達が表舞台に立つことができなかった理由の一つには、ダークの事があった。
技能的にはBD団内で最高の実力を誇る”キング”に勝るとも劣らないらしい腕らしいが、
彼の乱暴で人に従わない性格が問題視されたのだ。
彼に適合するゾイドが見つからないのも、原因の一環だった。
・・・彼の操縦は凶暴で容赦なかったのだ。
普通のゾイドでは到底耐えられない。
・・・皮肉なものだな、ダーク。
思い通りにはいかない。
・・・いかせない。
たとえ今はびびたるものでも。私はあきらめない。決して。
あきらめなければきっと報われると、信じているから。
BD団員の裏切り者に関しての事も、私達の管轄だった。
だが、そちらの方はデネブが引き受けてくれた。

「俺は、”手抜き”が得意なんでね。」

いけしゃあしゃあと・・・。
捕まえるふり、だけというわけか。

「ばれたら、お咎めものだぞ?」

「そん時は、真面目なアルがフォローしてくれよ。」

そう言って、さっさと仕事に向かっていった。
・・・最近、BD団を抜ける者が多い。
その中にはかなりの実力者も含まれている。
もしかしたら・・・悪夢が、終わりつつあるのかも、しれない。
何かが、変わってくれるかも、しれない。
BD団が壊滅した時に、俺達も終われた、と思ったんだ。
ダークも多少なりとも、気が済んだんじゃないかって。
・・・だが、甘かった。
アンタレスっていう野郎が、ダークに接触を計ったんだ。
名前だけは聞いたことがある。
BD団一のマッド・サイエンティスト。
独自の考えをもってて、他の幹部達とも仲が悪いってな。
・・・そんな危険人物がダークに近づいた理由。
・・・それは、あるゾイドがきっかけだった。
奴が見つけたという、究極のゾイド。ジェノシザース。
このパイロットにダークを起用したいと言ってきたんだ!
よりにもよって!

「お前もまだまだ、壊し足りないだろう?
こいつならお前の望みに十分応えられる。
・・・こいつもまた、力はありながら表に立つことが出来なかったんだよ。」

・・・よく、似ているだろう?
ダーク、お前と。

「へえ・・・。
俺のゾイドってわけか?
確かに強そうだな。」

お前もまた、闇の中で長い間望みを果たせずにいたんだな・・・。

「これをお前にやる。
その代わり、わしの実験に協力して欲しい。」

「協力?
・・・へ、利用だろ?
まあいいさ。
のってやるよ、その誘いに。」

俺達の望みはただ、壊す事だけだ。

さらにあいつは、BD団の意思を継ぐ、DS団ってのに俺達の事を知らせた。
ダークの返事は・・・聞くまでもなかった。
・・・悪夢は、まだ当分、覚めそうになかった。
ああちくしょう!
何でおさまりそうだったのに、こんな事になるんだよ?!
思い通りにいかねえなあ!人生ってのは!
いくらしぶとい俺でも、少しだけへこむぞ!
・・・少しだけ、な。
なあ、シーリウス。
俺とアルは、お前に従うって誓ったけどな。
お前は一体、どうしたいんだよ?
どこにいるんだよ?お前は?
どこにいっちまうんだよ?!
どうしていつも、一人で歩いていっちまうんだよ?!

・・・夢は、いつか覚めるだろうか?
この凍てつく想いに、雪解けの時は、訪れるのだろうか?
もちろん、デネブがあきらめずにいるのだ。
私もあきらめるわけにはいかない。
だが・・・どうすれば、いいのだろう?

「アル?
・・・・どうしたの?
具合でも、悪いの?」

横からかかったシーリウス様の声に、ハッと我に帰った。
いけない、今は買い物の途中だった。
しっかりしなければ。

「いえ・・何でも、ありませんよ。シーリウス様。」

お優しい言葉、ありがとうございます。
私は大丈夫ですよ。

「あ・・・・!!」

シーリウス様が車の外に、何かを見つけて声を上げた。
運転席のデネブに叫ぶ。

「デネブ!お願いだ、止めて!!
車を止めて!!」

「え?
な、何だと?!うわわ!」

デネブが驚きながらも急ブレーキで車を止め、後部座席の私は前に放り出されないように体を支えた。
だが、それより先にシーリウス様は外に出て、人ごみの中を駆けていってしまった!

「追いかけろ!アル!早く!
こっちは俺だけでいい!」

「わかっている!」

私もまた、急いで後を追った。
あんなに急いで、一体何を見つけたというのだろう?
何を見たと言うのだろう?

 

「先輩、その子誰です?」

「え?」

アリスに言われて振り返ってみると、いつの間にいたのか、
息を切らせて私の服の裾を遠慮がちにつまんでいる男の子がいた。
・・・女の子みたいに可愛いけど、服装とか・・・男の子・・・よね?

「あの・・・?
君、誰かな?」

知り合いに、こんな子いたかなあ〜と必死で記憶を辿るけれど思い当たらない。

「お母さん・・・・。」

その子が呆然とした口調でそう言うのが聞こえた。
お・・お母さん・・て、私のことだろうか・・?

「・・・もしかして、この子、迷子とかじゃないですか?」

あ、なるほど。
さすがアリス。考えるのが早い。

「じゃあ今ごろ、必死で探してるかもしれないわね。」

どうしようか・・。
そう思っていたとき、向こうからこっちに駆けてくる黒髪の女の子を見つけた。

「シーリウス様・・!
あ・・・!」

その女の子も、私の顔を見て呆然とした。
・・・私の顔、何かついてるのかしら・・?
それに、シーリウス・・・様・・?
この子、いい所の男の子なんだろうか??
何がなんだかさっぱりわからないんだけど・・?

「あの・・・ごめんなさい。
いきなり驚かせて・・。」

シーリウス、と呼ばれた男の子が、申し訳なさそうに小さく呟いた。

「お母さんに似てたから・・つい・・・・
本当に、ごめんなさい。」

あまりに悲しく、寂しげにうつむくその子を見て。
私はなんだか、無性に放っておけなくなってしまった。

「何か・・深い事情が、ありそうね。
・・・ええと、シーリウス、君?って言ったかしら?」

「!
は、はい・・。
僕の名前はシーリウス。
・・・シーリウス=アレクサンドラ・・・です。」

びっくりしたように顔を上げるその子は、本当に驚いていた。
他人にいきなり、名前を言われたからかな。

「よかったら、話、聞かせてもらえないかな?
ずうずうしいと思われるかもしれないけど・・。」

もしかしたら。何かの力になれるかも、しれない。

「先輩。
本社への報告は、私一人で大丈夫ですから、どーぞお気になさらず。」

その代わり、後で事情説明して下さいよ。
そう言って、有能な助手のアリスは人ごみの中を去っていった。
ごめんね。
ありがとう、アリス。

 

・・・奥様に、良く似ている。
嫁いでこられた頃の、元気だったころの奥様に、とても、よく。
髪の色は違うけれど。
瞳の色と、顔が同じ。
背の高さも同じくらい。
それに何より、声が全く同じだ。
私も驚いた。
これが驚かずにいられぬわけがない。

”偶然なのかしら、それとも星のお導きかしら?”

奥様の、あの時の声が蘇る。
・・・ならば私は、感謝いたします。
たとえ仮初でも。本物でなくても。
今このときの、出会いに限りなく、感謝いたします。
どうか、どうか。
せめてひとときの安らぎを。

「私は、アルビレオ=ノクターンと申します。」

あの方に向かって、歩き出す。
日の差す方へと。

「貴方のお名前を、お聞かせ下さいませんか・・・?」

どうか。私達の話を、お聞き下さい。
力を、お貸し下さい。どうか。

「私は・・・ジュジュ。
ジュジュ=フォレスト。」

”花が咲いているわ。
スノー・ドロップよ。雪解けの花だわ。”

奥様の、あの時の声が蘇る。
長い・・・長い悪夢の冬は、ようやく。
ゆっくりと、溶け出そうとしているのかも、しれない。
私は、そう思わずには、いられなかった。
そう願わずには・・・いられなかった。

スノー・ドロップ。
別名、雪の花。
雪解け時に開花し春の訪れを告げることから”雪解けの花”とも言われる。
その花言葉はー『希望』。

END

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あとがき

暗い!!
前のシーリウスとダークの話に輪をかけて暗い、くどい、苦しいの3「く」だあああ!(絶叫)
・・・これ、スラゼロに出していいんかほんまに(涙)
アルビレオ、デネブの性格とかの紹介と、彼等視点のデッドエンドの過去・・・というんですかね。
何となく4年前くらい・・・シーリウス9歳、アル11歳、デネブ14歳くらいと考えてます。
若いのに皆重いもの背負わせてしまった・・・(−−)
シザースも勝手に書いちゃったしな・・・。
シーリウスは心の中ではお母さん、ですが言葉ではお母様、と言ってるのです・・・。
アルは心の中とシーリウスなどに大しては丁寧口調ですが、デネブにはぶっきらぼう。
もしくは無口です。
デネブは自由気ままに適度に仕事、適度に怠ける奴ですが、一本筋の通った奴です。
彼等の思いや過去、そしてシーリウスの両親との出来事を出してます。
皆思ってるのに、立場とか病気とかで思うようにいかず、
すれ違い続けて・・・私は鬼だなホントに(反省)
しかし、これで痛いつらい過去編は全部クリアーじゃ!
現在編は明るく楽しく、元気にいくぞー!!(>▽<)/
盛り上げるぞー!!必ず解放したげるからな!
というか”お母さん”との出会いも最後で出しちゃったし♪
・・・名前も出したし、もう怖いもんなし!(何?)

シーリウスの母親の名前、”ステラ”というのは確かイタリア語で”星”です。
とことん星にしちゃる、とか思って(汗)
髪の色違う内気で内行的、病弱なジュジュ(そんなの彼女じゃないが)といえばわかりやすいですね。
アルビレオとデネブと言うのは白鳥座の頭と尻尾の星なんです。
これは後で調べてわかったんです(汗)
デネブが白鳥座てのは知ってたんですが、アルビレオは星の名前しか知らなくて響きがいいなあと。
後日何の星座の星なのか調べたらデネブと一緒だった・・(汗)
偶然て恐ろしい(これホントです)

それからスノー・ドロップについては、
冬の花を調べていたらこの花が出てきて、真っ先に決定。
花言葉については、「希望」のほかに「はじめての恋」というのもあります。
可愛い花です。

「絆」には家族の絆、友情、恋人、夫婦、相棒、仕事の仲間・・・いろいろあると思うんですが、
どういう形が一番いいんだろって、決定的なものって言い切れないと思うんですよ。
色んな形があって、色んな長さ(距離)があって・・・。
それでいいと思うんですよね。
ビットの家族みたいに離れてても大丈夫!ていうのもあるし、ブリッツみたいに他人が集い、
ゾイドバトルのチームとしてゾイドや仲間と絆を深めていくのだってある。
ベガ達みたいに同じ過去を背負った者が新しく頑張ろう!ていうのもあるし、
ケインやセナ達のように兄妹、血の繋がった人達がバトルのチームも日常も一緒にいる・・・
本当に、色んな形があると思うんです。
アルやデネブも、立場は従者だけど、そこにはただの従者を越えた思いがある。
シーリウスの両親も彼を愛していた。
ただ、伝わらなかった・・・。
伝えなかったんじゃなく。伝わらなかったのです。
でも私は基本的に、子供は夫婦の絆の証だと、思うんです。(悲しい事件が多いですが・・。)
だから今は遠く隔てられてしまっても。
きっといつかわかりあえる時は来ると、伝わるときは来ると信じて。(というかお前が考えろって!)
やっぱ家族、友達、仲間がいると心強いし、癒されるし、自分らしくいられますよ〜・・・。(T□T)

あ〜長かった・・・。
いろんな意味でこの作品、私には長かった作品です・・・。
やっぱ暗いのはいやだ(|||)
これからは明るく楽しく元気なのを!!
スラゼロらしいの書くぞ〜!!
・・・しかしまたダークが出てきたら暗い展開だな・・・。
シリアス?
まあそれに絶えられえるよう、当分は楽しいの書こう!

長くなりましたあとがき!
HAZUKI様、これ、送ります。(こんな暗いの送ってきやがって、とか、お咎めは重々承知です・・)
どうか・・・もらって下さい!!(><)
では失礼します。


初心者さんから頂きました。
シリアス不足だからいいですよ。
シーリウスとダーク、アルとデネブもだいたい分かりました。
後はアンタレスだけか・・・。
それはそうと、終盤のケインVSダークをちょっと思い浮かべてみました。
いい科白が思いついたんですが・・・、ケインがキースになっちゃいました。(荷電粒子砲)
ケインのイメージじゃないのが出来ちゃったので・・・。
これ、キースじゃん、って・・・。
まぁ、まだ時間はあるし、じっくり煮詰めます。
当分終わらせたくないですしね。
アルとデネブも結構背負ってますね。
でも、以外にシュダがいい方向にもっていきそう・・・。

「てめぇら揃って、何背負い過ぎてるんだよ?
過ぎちまったことはしょうがねーだろうが、ガキ共が。
自分を責めて、死んだ奴が喜ぶんだったら、一生やってろ・・・。
主人も主人なら、従者も従者だな。」

言葉はこんなですけど、結構優しいので。
あと、彼にも暗い過去が・・・。
これは後に小説にするつもりです。
初心者さん、どうもありがとうございました。

 

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