「悪 夢」
ベッドでリーゼがすやすやと眠っている。
熱は少々あるようだが、こんな女に今まで邪魔されていたのかと思うと、
いささか複雑な気分だ。
やれやれ・・・。とんでもないものを拾ってきたものだな・・・。
家から出て。近くの井戸へ水を汲みにいく。
空容器に水を注ぐ。シャドーがいる時は、こんな事、考えもしなかったのに。
デススティンガーの荷電粒子砲にジェノブレイカーが巻きこまれて。
その余波から俺をかばってくれたシャドーは石化してしまった。
ボロボロのジェノブレイカーでデススティンガーの前に現れた俺に、
ヒルツは言った。
「シャドーがいなければ、荷電粒子砲はおろか、
シールドさえ満足にはれないのではないか?」
ヒルツに言われるのは癪だが。
まったく、そうだ。俺はシャドーに頼っていた。
1番キライだと口にしたゾイドに1番頼っていたとは。皮肉なものだ。
あの時、俺とリーゼに向けられたデススティンガーの荷電粒子砲から、
どうやって逃げられたのか。シャドーはどこに行ってしまったのか。
・・・あの女が起きあがれるようになれば、多少なりとも聞く事ができるだろう。
「ごぎゃうっ!ぎゃう!ぎゃう!」
「何の用だ。」
いつもリーゼと一緒にいる青いオーガノイド…スペキュラーが俺の服を引っ張る。
まぁ別に逆らう理由もない。
俺はスペキュラーに引っぱられ、普通に歩くよりは、少し早い速度で家についた。
ドアを開けて、中に入る。部屋には、あの女が寝ている・・・筈だった。
「ぎゃうっ!ぎゃうっ!」
「なんだ・・・これは・・・?!」
すっかり変わってしまった俺の家の中で、スペキュラーが走りまわっている。
主人のリーゼを探しているんだろう。・・・それよりも。
チリ一つ無く掃き清められた部屋の中。
リーゼが寝ていた筈のベッドは、シーツと毛布がきれいに整えられている。
窓にかかっているのは・・・。母さんが昔趣味で作った花柄のカーテン。
あれは物置にしまってあった筈なのに・・・?
床には淡い色のじゅうたんまで敷いてある。
部屋の真中には小さめのテーブルが据えてあり。
その上の水の入ったコップに花が挿してある。
水を汲みに出る前は、部屋と言うのもおこがましいくらいに殺風景で、
あるのはベッドとその傍の棚くらいだった筈だ。
なのに・・・妙な雰囲気を感じさせる程きれいになったこの部屋は一体、なんなんだ?
ちゃぷん・・・じゃぶじゃぶ・・・
台所から・・・水音がする・・・だと・・・?
次の瞬間。
「あなた〜!おかえりなさ〜い!!」
「え゛?」
いきなり過ぎたとはいえ、俺は無様にもしりもちをついてしまった。
・・・それよりも。・・・俺に抱きついている”これ”はなんだ?!
青い髪。青い瞳。紺のワンピースにフリルのついた白いエプロン。
頭にも、フリルのついた変な飾りをつけている。
”それ”は俺の首筋から腕をはなして立ちあがり、こう言った。
「ご、ごめんなさい…。私ったらついうれしくて…」
「あ・・・う・・・」
俺は・・・俺は認めないぞ!!こんな・・・こんなメイドの格好をして、
頬をほんのり桜色に染めている奴が・・・・リーゼだなんて!!
こんなのは・・・悪夢以外のなにものでもない・・・!!
俺はきっと熱があるんだ。寝れば治る。・・・治らなきゃ困る。
ごそごそベッドに入ろうとする俺に、
メイドの格好をしたリーゼが、決定的な台詞を言った。
「あなた・・・。ご飯にする?それともお風呂?それとも・・・」
やめろ。その先をいうな・・・!
「わ・た・し?・・・なんちゃって〜!!きゃ〜!!私ったら〜!!恥ずかしぃ〜!!」
な、なんて事だ・・・。正真正銘の悪夢だったとは・・・!!夢なんだから、
早く醒めてくれ・・・・!!全く、こんな女なんて、拾うんじゃなかった…!
腕をぶんぶん振って恥ずかしがっているリーゼを見て、俺は激しく後悔していた。
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「あなた、スペキュラー、どう?おいしい?」
「ぎゃう・・・」
「・・・・・・・・・・・・。」
俺は常々神なんぞいないと思っていたが。どうやらそれは真実らしい。
この悪夢が終りさえすればいいと、俺は祈ってしまったが。
悪夢は今も続いているからだ。それとも、面白がっているのか。
目の前のテーブルにはリーゼの作った料理が所狭しとならんでいる。
「・・・少し・・・しょっぱい。」
「あら、そう?・・・ごめんなさい・・・塩分取りすぎは体に良くないものね。」
タイミング悪く俺の腹が鳴ってしまった事で、
リーゼの作った料理を食べさせられる事になってしまった。
どういうわけか、きらびやかな見た目に反して、味はしょっぱい。
しょっぱすぎる。塩加減を考えれば、少しは食える料理になるだろうが。
「ぎゃおうっ・・・ぎゃう・・・・」
スペキュラーが俺に向って必死に体を折り曲げている。
どうやら謝っていつもりらしい。
まぁ、当然だ。こいつの主人のせいでこんな事になっているんだからな。
「あなた〜?お風呂はどうですか〜?」
「なっ・・・?!またか・・・。勘弁してくれ・・・。」
俺は頭を抱えてうめいた。
風呂場の方から水音と、リーゼの声が聞こえてくる。このぶんだと…。
背中を流すとかいいそうだ。
「お背中流しますから〜♪」
「やっぱり・・・。」
その後。俺は為すすべもなく、リーゼに背中を流されて、
風呂上りに牛乳を飲まされたりした。
・・・いつになったらこの悪夢は終るんだ・・・?
「はい、あなた♪ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますからね♪」
リーゼが俺の後ろに立って、タオルで俺の髪を拭いている。
・・・・・っ!!どうして俺がこんな茶番に付き合わなければならないんだ!
「いいかげんにしろ!!」
俺はリーゼからタオルを取り上げてどなった。
スペキュラーが頭を抱えたが、かまっている暇はない。
「冗談はやめろ!リーゼ!」
俺はきょとんとした顔のリーゼにどなる。
こいつはそのうち、笑顔で正体を現すに決まっているんだ!
「どうしたの?いきなりどなったりして・・・?」
「う・・・・」
なんだ…その…<人の事を微塵も疑っていない>目は?
前のお前は絶対にそんな目はしなかったぞ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ぎゃう!ぎゃう!」
スペキュラーの声に、俺ははっ、と気づいた。もしかしたらそう言う事もあるかもしれない。
ぺた。
俺はリーゼの額に手を当てた。・・・・・・・・・・・・熱い。
「まだ熱が下がってないようだな。」
「え・・・・?私、熱なんか・・・。」
「いいから寝ろ。」
俺は無理矢理リーゼをベッドに押しこんで、毛布でぐるぐるすまきにした。
熱に浮かされてこんな事をやっていると思った方が、俺の精神衛生上にいいだろう。
それだけじゃ説明できない事も多々あるが。
電気を消して、部屋を出ようとすると。
「お休みのキスはしてくれないの?」
「な゛っ・・・・!!」
・・・言うに事欠いてお休みのキスだと?!ふざけるな!!
「ぎゃう、ぎゃう!」
スペキュラーがぺこぺこ頭を下げている。・・・・やればいいんだろ、やれば!!
「おやすみ、リーゼ。」
俺は半ばやけくそでリーゼの額に唇を押しつけた。
「おやすみなさい、あなた。」
次の瞬間、リーゼはどうやったのかすまきにした毛布から抜け出すと。
俺の頬に唇を触れさせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
俺がぼーっとしているうちに、リーゼは寝息をたてていた。・・・・・・。
やれやれ、ようやく悪夢は終ったようだ。
「ぎゃぎゃぐぎゃう。」
「・・・・・・・この貸しは高くつくからな。お前の主人にきちんと言っておけ。」
ぺこぺこ頭を下げるスペキュラーに、俺はしっかり釘をさしておいた。
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次の日。
リーゼの額の濡れタオルを変えていると、パンチが飛んできた。
・・・・もとのリーゼに戻ったようだな。
「熱は下がったようだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
ふぅ、これで一安心だな、と俺は思ったが。そうもいかなかった。
「な、なんだよ〜!!この服は〜!!」
「お前が自分で着たんだろう。メイド服。」
「嘘だ!僕がこんな服着るわけない!レイヴン、君が着せたんだろ!」
「違う。もし着せたくても、お前の服の脱がせ方が分らない。」
「・・・・・・っ!この服を着て、僕はなにかしたのか?」
「さぁ、な。スペキュラーにでも聞いたらどうだ。」
・・・・・・・・・・・。あの後リーゼがぎゃ〜ぎゃ〜騒いでうるさかったが。
昨日の悪夢に比べれば数段はマシというものだ。
それにしても。笑いをこらえるのにこんなに苦労するのは・・・・久しぶりだ。
「教えろ!レイヴン!」
「断る。恥ずかしさのあまり、お前に悶絶死されても困るしな。」
「なっ・・・!!聞きたいような・・・聞きたくないような・・・。」
・・・・・・・ああ、シャドー。今お前は、どこにいるんだ?
おわり。
雷矢さんの「まいふぇいばりっとしんぐす」に行ったとき、
200番のキリ番を踏んだときに、もらった物です。
私は面白すぎて結構気に入ってます。
メイド姿になってレイヴンのことを「あなた」って呼ぶリーゼに笑ってしまいましたし、
それに翻弄するレイヴンも良かったです。
後、怒っているレイヴンに必死に謝っているスペキュラーもかわいかったです。
私も「こんな風に書けたらいいな」と思いました。
雷矢さん、すてきなレイリーを本当にどうもありがとうございました。