「平和な日々と幸せな彼等」

 

「母さん、早く、早く!」

ある街で子供の声が響きわたる。
それに応じて、その子の母親らしき金髪の女の人が後から歩いてきた。

「ちょっと待ってよ、ラン。
差し入れ、買っていかないと。」

黒髪で赤い瞳の男の子が母親を急かしている。
脇にいる我が子に声をかけながら、母親はパパオの実を数個買った。

「お待たせ。
さあ、行きましょう。」

「うん!」

子供特有の甲高い声で頷くと、
ランは母親の手をしっかり取って歩き出した。

「父さん、元気にお仕事してるかなぁ?」

「大丈夫よ。
お父さん、元気だけが取り柄だから。」

「僕、父さんと約束してるんだ。
一緒にゾイドに乗るって。」

「そうなの?
ランはゾイドが大好きだからね。
昔のお父さんみたい。」

そんな会話を交わしながら、2人は町外れの建物へと向かっていった。

 

 ここは、共和国軍の軍本部。
今、彼の父親はここでゾイドの操縦法を教えている。
父親の名はバン・フライハイト。
かつて愛機ブレードライガーと共にデスザウラーを倒し、
2度も世界を救った“英雄”である。
そして、母親の名は旧姓フィーネ・エレシーヌ・リネ。
現在はフィーネ・フライハイトと名乗っている。
2人が結婚したのは今から6年前、2人が19歳の時だ。
式はウインドコロニーで挙げ、全員から祝福された。
参列したのはアーバイン、ムンベイ、トーマ、カール、ハーマン、オコーネル、クルーガー
ディ、ルイーズ大統領、ルドルフ皇帝、メリーアン、ロッソ、ヴィオーラ、ローザ、マリア、
さらには彼のライバル、レイヴンとその恋人のリーゼである。
神父はバンの義理の兄に当たるレオンがつとめた。
そして、その2,3ヶ月後に彼らの子供、ランが生まれた。
実は、彼等が結婚した理由はランを妊娠したためである。
初めは子育てに四苦八苦した2人だが、姉のマリアの手助けもあり、
今では昔のバンの生き写しだと言われる程、元気に育っている。
ちょっと大人ぶってる面もあるが・・・。

 

「父さ〜ん!」

フィーネが扉を開けた瞬間、ランが父親に向かってダッシュして抱きついた。
バンはそのまま息子をだっこする。

「ラン、元気にしてたか?」

「キュイイ(元気にしてた?)」

「うん!」

バンとジークの問いにさっきと同じぐらい元気な声で返事をする。
すると、フィーネがニヤニヤしながら一言。

「もう、3日前に分かれたばっかりでしょう。
ホントに親バカなんだから。」

呆れた口調にも聞こえるが、その顔は嬉しそうだ。
彼の親バカぶりは仲間の殆どに知られている程。
クルーガーが「親父さん、そっくりだな」と笑っていたとか。
おそらくバン自身に彼の父親、ダンと遊んだ記憶が無いため、
彼の息子にはなるべく接するようにしているのだろう。

「それで、仕事の方はどうなの?
終わりそう?」

「ああ、今日の夕方ぐらいには片付くよ。
そしたら一緒に帰ろうな。」

肩車をしている息子にそう話しかける。
彼はうんと頷いた。
ちなみに差し入れの品はハーマン達に献上することに。
というか、気付いたら食べていた。

 

 所変わって、バンとラン、ジークはゾイドの訓練場に来ていた。
バンは今、ここで教官をしている。
もっとも、仕事は月に3日だが。

「ねぇ、父さん。
一緒にゾイドに乗るって約束してたよね?」

息子の言葉に彼がハッとなる。
どうやら忘れていたらしい。

「そ、そうだったな・・・。
じゃあ、乗ってみるか?」

「わーい!」

「グルルル・・・。(やれやれ・・・。)」

ちょっと引きつった笑顔でそう言うバン。
流石の英雄も子供には勝てないらしい。
ジークはそんな彼に呆れていた。
そして、彼の愛機の側に来ると、

「フライハイト少佐!」

軍の兵士が彼の名を呼んだ。

「どうした?」

「少佐にお客様が見えてますが。」

「客?
どんな?」

「ええと、1人は頬に赤い入れ墨があって、目つきが鋭い男性です。
もう1人は青い髪で、額に赤い入れ墨の女性です。
どっちともオーガノイドを連れてます。
あと、眼帯とバンダナをしている背の高い男性と、
色黒で明るい女性ですが・・・。」

特徴を聞いた瞬間、ある人物のビジョンが脳裏に過ぎった。
どっちとも彼と深い関わりのある人物である。

「・・・あいつらか・・・。」

「今、奥様が応対してます。」

「分かった、今行く。」

兵士は
バンがランに向かって、

「父ちゃん、友達が来たみたいなんだ。
すぐに戻ってくるから、おとなしくここで待ってるんだぞ。」

「すぐに戻ってくる?」

「ああ。」

「じゃあ、約束ね。」

そう言って、小指を差し出す。
バンも小指を絡める。

「指切りげんまん、嘘付いたら針千本の〜ます!
指切った!」

約束をすると、バンとジークはその場を後にした。
ランはじっとブレードライガーを見つめている。
彼の父は英雄と呼ばれ慕われている。
ランはそんな父親が大好きで誇りにしている。

「僕も父さんみたいな立派なゾイド乗りになりたいな〜。」

グルルル

ふと、ライガーが鳴き声をあげる。
まるで「きっとなれるさ」と言っているように。
それに彼は満面の笑みで笑う。
そして、彼が入り口の方を見てみると、

「あれ、あんな所に・・・?」

そこには女の子がポツンと立っていた。
普通、こんな所に女の子が来ることは滅多にない。
ランは興味本位でその子に近付いていった。

「ねぇ、どうしたの?」

彼が話しかけると、少女は一瞬ビクッと震えたが、
相手が自分とほぼ同い年と分かり、落ち着いて話し出した。

「迷子になっちゃったみたいなの・・・。
パパとママ、どこかなぁ〜?」

瞳に涙をうっすら浮かべながら、あたりをキョロキョロ。

「ねぇ、君、名前は?」

「えっと・・・、ニーナ。」

とりあえず、落ち着かせるために名前を聞いてみる。
ニーナと名乗った少女は肩まで伸ばした青い髪と頬の赤いペイントが特徴の、
ランより若干幼い感じが漂っていた。

「僕はラン。
もうちょっとしたら僕の父さんが来るから、その時聞いてみようよ。」

「うん、ありがとう!」

ニーナは微笑んで礼を言うと、ランは顔を赤くして照れた。
そして、ライガーの側で父親を待つことに。

 

 格納庫の中で少し沈黙が続いた後、
何も話さないのに耐えられなくなったのか、ランがニーナ話しかけた。

「ねぇ、ニーナのお父さんってどういう人?」

「えっと・・・、私のパパは・・・、
そうだな、凄く優しいよ。
見た目も格好いいし、ゾイドの操縦も上手なの。
この模様もね、パパとお揃いなんだ。」

「へぇ、僕のお父さんも優しいな。
月に1度、仕事で出ちゃうけど、一緒にいるときは絶対に遊んでくれる。
父さん、僕が生まれる前に“魔獣”を倒して、英雄になったんだ。
その時乗ってたゾイドがこのブレードライガーなんだ。」

自慢気にそう言うラン。

「ランのパパって凄いんだね。
・・・そう言えばママが、
『お父さんは英雄って呼ばれる人とライバルだったの』って言ってた。
それってランのパパなのかなぁ?」

「そうなのかもね。」

少女の言葉でランは母親から言われたことを思い出した。

『お父さんはライバルって呼べる人がいたの。
平和になった後はいつもゾイドで戦ってたわ。
でも、結局全部引き分けに終わったの。
今じゃもう無理は出来ないって、止めてるんだけど。』

その言葉が彼の頭に今でも焼き付いている。

「ニーナはゾイドが好き?」

「私は好きかなぁ。
パパは昔は嫌いだったみたいだけど・・・。
でも、今は好きなんだって。
ランはどうなの?」

「僕は大好き!
だから、絶対に父さんみたいなゾイド乗りになるんだ。」

「ランならきっと出来るわ。
そんな気がするの。」

「ありがとう、ニーナ。」

ランが礼を言うと、2人は微笑み合う。

 

 そして数分後、

「ラン!」

「あっ、父さん!」

バンがその場に姿を現した。
すぐさま駆け寄るラン。

「悪いな、ちょっと話し込んじゃって・・・。」

「いいよ、別に。
それより・・・、この子が迷子になっちゃったみたいなんだ。」

そう言って、ニーナを前に出す。
彼女は困り顔で、

「私のパパとママ、知らない?」

バンは彼女をじっと見つめると、ある考えが頭に浮かんだ。

「もしかして、この子のお父さんって・・・。」

 

 応接室の扉を開けるバン。
その隣にはランとニーナが手をつないで立っている。

「お待たせ、みんな!」

バンが声と共に中に入ると、見慣れた人物が椅子に座っていた。
お分かりだとは思いますが、フィーネ、アーバインとムンベイ、
それに・・・、

「パパ、ママ!」

「ニーナ!」

「もう、どこ言ってたの?」

彼女の父親のレイヴンと母親のリーゼである。
ちなみに彼女達はバン達より半年後に結婚、
ニーナはランより1つ下の年齢である。

「ゾイドの保管庫。
そこでランにお話聞いてたの。」

そう言って、ランを見る彼女。
そんな彼はバンにだっこされていた。

「しかし、2人とももう立派な父親だもんな。
ついこの間までゾイドで争ってた奴らとは思えないぜ。」

「本当。
フィーネやリーゼも母親だもんね。」

まるで彼等の兄弟みたいにそう言うアーバインとムンベイ。
共に旅した仲間が成長したので、嬉しいのだろう。

「でも、ニーナちゃんはレイヴンには似てないわね。」

「そうだな。
よかったな、お前みたいに無愛想じゃなくて。」

「う、うるさい!
悪かったな、無愛想で・・・。」

バンとフィーネがからかうので、思わず顔を赤くして怒鳴るレイヴン。
リーゼはクスクス笑っていた。
すると、

「ねぇ、パパ。」

ニーナがレイヴンに何かおねだりをしている。
彼は少し考えてから、ヒョイっと彼女を抱き上げた。
どうやらランが羨ましかったようだ。

「随分と様になってきたね。
最初はあんなに子育てを嫌がってたのに・・・。」

「やれやれ、どっちも親バカか・・・。」

『う、うるさい!』

リーゼとアーバインがコーヒーを飲みながらポツリと呟く。
その言葉に当人達は顔を赤くしてそう言い、
その他の面々は大声で笑った。

 

「じゃあな、レイヴン。
元気でな。」

「ああ、お前等もな。」

バンとレイヴンはそれぞれのゾイドの前で別れの挨拶を交わす。
日はもうどっぷり暮れていて、東の空にはチラホラと星が見え始めていた。

「ラン、また遊ぼうね。」

「うん、バイバイ!」

ランとニーナが互いに手を振る。
そして、レイヴン達はジェノブレイカーに乗って出発した。

「さてと、俺達も帰るか。」

「そうね。」

「ねぇ、父さん。
ゾイドに乗る約束は?」

その瞬間、彼の時間は凍り付いた。
あの後、いろいろ話していてとてもゾイドに乗るどころじゃなかったのだ。

「いや・・・、あの、その・・・。
ライガーじゃダメ?」

「いつも乗ってるじゃん。
たまには違うゾイドも乗りたいよ。」

息子の言葉にガックリ肩を落とすバン。
実は約束とは、ライガー以外のゾイドに乗せるというもの。
バンは飛行ゾイドに乗せるつもりだったのだが。
すると、彼に救いの手が差し伸べられた。

「じゃあ、俺のゾイドに乗ってみるか?
俺の相棒はライガーより速いぜ。」

そう言ったのはアーバイン。
その言葉にランの表情は明るくなった。

「いいのか?」

「ああ。
息子の約束は守ってやるもんだぜ。」

「あらあら、珍しいこともあるもんね。」

ムンベイの言葉を聞き流して、ランを肩車すると、
ライトニングサイクスの方に向かって歩き出した。

「ありがとう、アーバインおじちゃん。」

その言葉にアーバインは転けそうになった。
その場にいた者は全員クスクス笑っている。

「お兄さん!
俺はまだ28だよ。」

「ごめん、ごめん。
アーバインお兄さん・・・。」

ふてくされるようにそう言いながら、
アーバインはランの身体にベルトを巻き付けるとハッチを閉めた。
バン達の方も準備が整っている。
そして、3体のゾイドはウインドコロニーに向けて走り出した。


雷矢さんのサイト「まいふぇいばりっとしんぐす」の10000ヒット記念に贈らせていただきます。
バン達とレイヴン達の子供という事でしたが、いかがだったでしょうか?
名前には苦労させられましたね。
ランは、バン、ダンと来たからですかね。
ニーナは思いつきです。
本当にどっから出てきたんでしょう・・・。
では。

 

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