「自分の気持ち」

 

   第一部 出会い、そして始まり

 春の日和が続いている中、
東京のある学園の体育館で、入学式が行われていた。

「あの校長、話長くねえか。」

「ああ、もう三十分も喋ってるよ。」

ここの校長先生の長話を、じっと聞いている生徒の中でそんな会話が行われていた。
もっとも、周りにばれないようにかなり声を絞っているが。
ちなみに、ここの校長は長話で有名である。
しかも、その内容は大抵、勉強のこと。
他の生徒達も飽き飽きしている。

「健二、この学校に入って正解だったかなぁ。
俺、なんだか不安になってきた・・・。」

先程の二人がまた話し始めた。

「俺もだ、亮。」

健二と呼ばれる青年は笑ってそう返す。
亮と呼ばれる青年はそれを聞いて、はぁ〜、とため息をつきながら、

「まあ、何とかなるか。」

と、開き直った顔でまた校長の話に聞き入った。
だが、校長はこの後一五分程話し、生徒はこの段階ですっかり疲れ果ててしまったという。
こうして、亮と健二の楽しい高校生活が始まった。

 

 入学式から二日経ち、彼らは学園の校庭にいた。
本日は始業式。
生徒はみんな新学期が始まって浮かれきっている。

「よう、健二。おはよう。」

主人公の矢原亮は校門に立っていた親友に挨拶をする。

「おう、おはよう。
亮、さっさとクラスを見に行こうぜ。
俺、待ちくたびれちまったよ。」

「分かった、分かった。」

亮は親友、野村健二を宥めながら、クラス割が書いてある掲示板へと走った。
その時、

「キャッ!」

亮は何かにぶつかった感覚があったので、そこで足を止めた。
すると、1人の女子生徒が倒れていた。

「ごめん、大丈夫か?」

亮がその女子に手を差し伸ばす。
彼女もその手に捕まり、体を起こした。

「ごめんなさい、私ったらよそ見してて・・・。」

申し訳なさそうに謝る彼女に亮は、

「いや、見てなかったのはこっちだから。
そんなに気にしないでよ。」

とやさしく微笑んで声を掛ける。
その瞬間、その女子の顔が少し赤くなった。

「おーい、亮!」

「ああ、今行くよ。」

健二の呼びかけに答え、亮はそのまま彼のいる方へと走っていった。

「亮君・・・か。」

頬を少し赤らめながら、彼の背中をじっと見つめる女子。
背中まで伸ばした彼女の髪が春風に靡いていた。

 

「何やってたんだよ。」

「悪い、悪い。
ちょっと人とぶつかっちまって。」

「まったく、相変わらずそそっかしい奴だな。」

笑い顔でそう言う健二。
彼らの付き合いは長く、
亮の下らない癖から、健二のフラれた女の子の数まで、お互いの性格は分かり切っている。
そういう間柄なのだ。
そうこうしているうちに、二人は掲示板のある広場へと着いた。

「えっと、俺達は・・・。」

亮が早速クラス割を見てみると、

「おっ、俺達同じクラスみたいだ。」

「よかったぜ。
俺達、離れなくて。」

安堵のため息をもらす健二。

「お前、忘れ物多いのに、俺から借りられなくなっちまったな。」

「それを言うなって・・・。」

亮に自分の短所を言われ、健二は少しガックリ。
召集がかかり、始業式が始まった。
また校長の長い話を聞き、生徒全員、肉体も精神もくたくたになったのは言うまでもない。

 

 やがて、教室に案内されて、

「ホントに・・・。
何であんなに長いんだ。」

「俺に聞くなよ。」

愚痴を零しながら、席につく亮と健二。
不思議な縁があるのか、亮の後ろが健二なのである。

「なぁ、健二、そういえば部活はどうすんだ?
また、野球部にでも入るのかよ。」

「まあな、甲子園に行くのが、俺の夢だからな。」

健二が甲子園を目指すのには訳がある。
その理由とは彼の兄である。
三歳違いの健二の兄、野村康一は健二と同じ年齢の時、同じく甲子園を目指していたのだが、
ある日、轢き逃げ事故に遭ってしまい、利き腕に重傷を負ってしまった。
それが原因で、夢を諦めるしか道が無かったのだ。
その為、健二が代わりに夢を追っている。

「お前はどうするんだ?
中学の時、ずっと帰宅部だったけど・・・。」

「ええと・・・、まだ、決めてねぇや。」

「おいおい、人に聞いておいて、それはないだろ。」

健二が笑いながら言う。
亮は成績も結構良く、何でも器用にこなすタイプなのだが、やりたいことが特に決まっていない。
今を生きていればそれでいいという考えの持ち主なのだ。
2人でいろいろ話していると、亮の席の隣に女子生徒が座った。
すると、

「あれ、さっきの・・・。」

彼が声の方向に振り向くと、さっきの女の子が座っていた。

「亮、知り合いか?」

「さっき、ぶつかっちまった娘だよ。」

無愛想にに亮が説明する。
彼はあんまり女性には興味がないらしい。
彼の性格自体ぶっきらぼうなので、そういう事に興味を示さないのだ。

「おまえ、昔っからそうだよな。
女の子が声掛けてきても、すぐそうやって知らん顔なんだからよ。」

「折角の顔が台無しよ。」

彼女の言うとおり、亮は結構いい顔立ちをしている。
彼らの通っていた中学では、バレンタインデーのチョコの数で必ず一番になる程だ。
だが、こういう性格が災いして、人気が高いのにも関わらず、彼女がいない。

「どうせ『顔がいいから』とかいう理由で人気が高いに決まってるよ。
誰も内面の事を言ってくれない。」

亮がそんな風に愚痴ると、

「人気があるって自覚はあるみたいね。」

とさっきの娘のツッコミを受けた。

「悪かったな。
・・・そういえば、君、名前は?」

亮が思いだした様に尋ねる。
今まで話していて、名前を聞くのを忘れていたみたいだ。

「私の名前は相原真奈美。よろしくね。」

「俺は矢原亮。
こっちは・・・。」

親指で健二を指す亮。

「野村健二だ。よろしく。」

彼の言葉に健二も続いて、自己紹介する。

「こいつとはもう小学校からの付き合いさ。」

「そうなんだ。私もこの学校に幼なじみがいるの。
違うクラスになっちゃたけど。」

真奈美がそう言うと、突然、健二が机から身を乗り出して尋ねた。

「ねえ、その娘って女の子?
だったら紹介・・・。」

彼はそこで言葉を止めてしまった。それもそのはず、亮が頭をはたいたのだ。

「何すんだよ、亮!」

「また、いつもの悪い癖が出やがった。
健二、お前それで何回失敗したと思ってるんだよ。」

健二は女性に目が無く、誰かと知り合うと、こんな調子で『女の子の友達はいるの?』と聞くのだ。
亮は彼がいつもフラれている事を一番良く知っている。
そして、傷付いた彼を慰めるのも亮の役目である。
最近では、亮は事前に止めるようにしている様だが。

「まあまあ、幼なじみも女の子だし、紹介ぐらいはしてあげるわよ。」

真奈美の言葉に、健二は嬉しそうにしていた。
一方の亮はやれやれとため息をついた。
そのうち、彼らの担任、土井先生が教室に入ってきて、高校生活最初のホームルームが始まった。

 

 ホームルームは土井先生が無駄話をべらべらと話したせいで1時間近くもかかってしまった。
亮達は後で知ったが、この先生、長話は校長といい勝負らしい。
長かったホームルームも終わり、二人は真奈美に連れられて別のクラスへと向かった。

「は〜い、しのぶ!」

真奈美が教室に入り、声を掛ける。すると、

「もう、遅いじゃない。」

と、やや強気な声が聞こえた。
しばらくして、真奈美が女の子と一緒に出てきた。
髪は肩ぐらいまで伸びており、背も健二の肩ぐらいまで。
まぁ、健二も野球をやっているから背は高い方なので、彼女もそんなに低いという訳ではないが。

「お待たせ、私の幼なじみの・・・。」

「五十嵐しのぶよ。
話は真奈美から聞いたわ。
どうぞよろしく。」

明るい声で挨拶するしのぶに、亮は少々拍子抜け。
一方、健二はというと、

「野村健二。
野球をやってるんだ。
こちらこそよろしく。」

と、すごく喜んでいた。
そして、亮も思い出したかの様に自己紹介をする。
もちろん無愛想に。

「矢原亮だ。よろしく。」

すると、彼は真奈美に近付いて一言。

「完全に健二のタイプの娘だよ。」

「へぇ、そうなんだ。でも、健二君も結構、しのぶ好みだけど。」

「なら、いいんだけど。」

そこには、フられるとショックが大きいだろうな、と親友を心配する亮と、
恋のキューピット気分で浮かれている真奈美が、
好み同士でいい雰囲気の健二としのぶを見ているという、そんな光景があった。

 

 始業式から数日経ち、亮達は学校の行事でキャンプに行くことに。
これは互いに協力して、学年の絆をより深めるという目的でする、生徒達が最も楽しみにしている行事なのだ。
そのキャンプが明日に迫った日の、放課後の教室で、

「明日が楽しみね。」

浮かれている三人をよそに亮は、

「そうか、俺はあんまり・・・。」

と、楽しくなさそう。

「亮は騒がしい場所が苦手だもんな。」

健二が冷やかすように言ったので、彼は少しムッとなる。

「亮君って本当にクールよね。」

しのぶの言葉に応えるように真奈美も話し出す。

「そうね、いつでも冷静だし、頭いいし、運動神経も抜群だし、顔もいいし・・・。」

真奈美が長所をどんどん言っていくので、亮が少し照れていると、

「女子に冷たいし、友達少ないし、根暗だし・・・。」

健二がからかう様に亮の短所を挙げていった。

「誰が根暗だ、誰が!」

さすがに頭に来たのか、亮は思い切り健二の頭を叩く。

「わ、悪かったって。」

なおも突っ掛かってくる亮。
こうなると誰も手がつけられない事は健二か一番知っているので、素直に謝った。

「なんか気が重いわね。
気のせいかな?」

「気のせいじゃないと思うけど・・・。」

真奈美としのぶの間でこんな会話が行われていたとか。

 

 そんなこんなでキャンプ当日。
行きのバスの中で亮はグッスリ寝ていた。
彼の隣には真奈美が座っている。
健二はその後ろで窓の外をジッと見ていた。

(亮君の寝顔って綺麗ね。)

彼女は亮の顔を見て、そんなことを思った。

(なんだろう、亮君を見てるとドキドキする。)

ふと、彼女か思い出したのは亮と初めて会った時の事。
恋愛未経験の真奈美にとって、亮のあの時の優しさと笑顔はとても印象的だったに違いない。
そんなことを彼女が考えているうちにバスは目的の河原に到着した。

「よし、これからみんなで協力してテントを張ってもらう。
何か分からないことがあったら、遠慮無く先生に聞くように。」

もちろん亮と健二は同じ班。
こちらでは亮がテキパキと作業を進めていくので特に問題はなかった。

「矢吹君ってすごいんだね。」

たまたま同じ班になった、眼鏡をかけているクラスメートが感心した様子でそう言った。

「まあな、俺の父さんが趣味で結構キャンプとかに行くんだ。
だから、もう慣れちまったよ。」

少々自慢気に言う彼。
すると、彼は何かに気付き、ツカツカと何処かに行ってしまった。

「何処行くんだ?」

「ちょっと便所に。」

健二の問いに軽くそう答え、また歩き出した。

 

その頃、真奈美はしのぶと他の女子二人と一緒にテントを組み立てている真っ最中だった。
ちなみにこの班分け、メンバーは男女一緒でなければ別のクラスの人でも構わないのだ。

「ねぇ、これどうやるの?」

「ええと・・・分かんないよ〜。」

こんな調子だからいつまで経っても終わる訳がない。
しかも、先生達は他の生徒達を手伝うので精一杯。
彼女らが途方に暮れていると、

「どうしたんだ?」

声を掛けられたので、真奈美が振り向くと、そこには亮が立っていた。

「ちょっとテントの張り方が分からなくて・・・。」

「先生達も忙しそうだし・・・。」

音を上げている彼女たちを見て、亮は、

「じゃあ、手伝ってやるよ。」

そう言って彼女たちのテントを張ることに。
最も、手伝うと言っても、殆ど亮が一人でやってしまった為、彼女たちはただ見ているだけであったが。

「よし、終わったぜ。」

『ありがとう。』

彼女たちは声を揃えて礼を言うと、

「たまたま通り掛かっただけだよ。」

と少し笑いながら言って、自分のテントに戻っていった。
口では言い訳をしていても、困っている人は見捨てられないのが亮の性分なのである。
それにいつでも無愛想という訳ではないのだ。

 

 やがて昼になり、生徒達はそれぞれ持ってきたお弁当を食べている。
亮も健二と先程のクラスメート、沢田明と一緒に昼食を取っていた。

「自然の中で食べるとやっぱりうまいなぁ。」

健二が大盛り弁当を食べながらそう言うと、

「お前は何を食べてもうまいんだろ。」

と、亮がボソリと言う。
ちなみに亮も健二には負けるが、他の人からは大きいと思うわれる弁当箱を持ってきている。
ちなみに明の弁当は普通の人と同じぐらい。

「ふぅ、ごちそうさま。」

「えっ、もう食べ終わったの?」

「相変わらず食べるのが速い奴。」

亮と明の言葉は耳に届いているのだろうか。
健二は横になって寝てしまった。

「食ってすぐに寝たら牛になるぞ。」

「大丈夫だって。起きたらすぐに運動するからよ。」

そう言う問題か、と一瞬思った二人であった。

 

 殆どの生徒が食事を取り終わり、自然の中で喉かな午後を過ごしている。
川に入って遊ぶ者、各自が持ってきた道具で遊んでいる者。
ちなみに亮達は後者である。
健二に付き合ってキャッチボールをしていて、その様子を明が近くで見ていた。
真奈美達もビーチボールを膨らまして遊んでいる。
すると、

「あっ、川の中に入っちゃった!」

しのぶのミスでボールが川の中にボチャリ。
そのまま流れてしまった。

「どうしよう、どんどん流れて行っちゃう。」

そんな彼女の声を亮達が聞いていた。

「健二、今度はランニングでもするか。」

「そうだな。
しのぶちゃんの為にも。」

嫌にやる気満々の健二を見て、

「これが愛の力ってやつなのかな。」

と、少し呆れ顔。
二人は明にグローブとボールを預けると川下に向かって走りだした。

「健二、先回りするぞ!」

「O.K.!」

ボールを少し追い越すと、亮がズボンの裾を捲って、川の中に入る。

「この川、結構深いな。おまけに冷たいし。」

亮が体の前の方に体重を乗せたので、
健二が彼の手を握って、いつでも引き上げられる体制を作る。

「俺がボールを掴んだら、すぐに引き上げろよ。」

「分かってるって。」

そして、ボールが流れてきた。
幸い亮の手の届く範囲だったので、ボールはすぐに取れた。
その瞬間に健二が思いっきり引っ張る。
すると、勢いが強すぎたのか、思い切り健二のいる方向に倒れ込んでしまった。

「強く引きすぎだよ、少しは手加減しろ!」

「悪い、悪い。
ちょっと焦っちまった。」

「本当にそそっかしい奴。」

亮はまた呆れ顔。
彼の一番の悩みは健二のそそっかしさなのだ。
キャンプ地に戻ると、真奈美としのぶがお出迎え。
健二はデレデレしながら、亮は少々照れながら礼を言われていた。

 

 あっと言う間に夜となり、生徒はキャンプファイヤーを囲んで盛り上がっていた。
亮はその輪には加わらず、一人川辺に座っていた。

「何やってるの?」

声を掛けてきたのは真奈美。亮の返事を聞く前に、彼女は彼の隣に腰を下ろした。

「星を見てるんだよ。」

「星?」

彼女が空を見上げてみると、一面の星空が広がっていた。

「綺麗〜、こんなの初めて。」

「こんなの、山の奥じゃないと見られないよ。」

すると、真奈美が亮の肩に寄り掛かった。
それには彼も顔を赤くする。
未だに真奈美が好きな事に自覚していない亮。
彼も恋愛未経験なので、そんな気持ちに気付けないのだ。
仕方が無く、そのまま星を見続ける。

「二人もいい雰囲気だな。」

彼らの背後で健二としのぶが亮達の様子を見ていた。

「そっとしておいてあげましょうよ。」

「そうだね。」

頷くしのぶを見て、健二は他の生徒の所に向かった。
亮が「自分の気持ち」に気付くのは何時であろうか。

 

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