第二章 二人の約束

 キャンプから三ヶ月ほど経ち、学園の高等部は文化祭の準備で大忙し。
しかも、亮はその文化祭の実行委員なので忙しさは他の人の比ではなかった。

「健二、ちょっとは手伝えよ。」

授業が終わった後、教室の自分の席で予算を計算している亮が、健二に向かって話しかける。

「俺だって忙しいんだよ。野球部で店を出すんだから。」

とはいっても、端から見れば十分暇そうに見える。
なんせ、自分の席で寝ているのだから。

「亮君、チラシが刷り上がったわよ。」

「ああ、サンキュー。」

亮達が話していると、真奈美が紙の束を抱えて教室に入ってきた。
無愛想に礼を言う亮を見て、
クスクスと笑いながらチラシを彼の目の前の机に置くと、隣の自分の席に座った。
ちなみに彼女も文化祭実行委員だ。

「何笑ってるんだよ。」

「やっぱり亮君らしいなぁ、ってちょっと思ったの。」

「どういうことだ?」

彼女の言った事が理解できなかったのか、怪訝な顔をして尋ねると、代わりに健二が、

「無愛想は亮の専売特許だもんな。」

と、答えた。
亮は、またか、と思いながらも、

「はいはい、どうせ俺はぶっきらぼうですよ。」

と、あえて開き直った態度を見せる。
そして、彼は再び作業に没頭した。
どうやら最近はそうやってやり過ごしているようである。
ちなみに亮達のクラスは喫茶店をやる。
この案を熱心に押したのは真奈美だ。

「でも、何で普通の喫茶店なんかやろうと思ったんだ?
今更聞くのもなんだけど・・・。」

健二が真奈美に尋ねると、彼女は呆れながら答えた。

「あのね・・・、私があの案を出さなかったらあんな店をやる羽目になってたのよ。
もしかして、健二君はあんなのがやりたかった訳?」

「確か・・・、『コスプレ喫茶』だったっけ。
他に出た案は?」

真奈美の言葉に首を振って否定する健二。
亮は呆れながらそれを見ている。

 

 実は一週間前、彼らのクラスで・・・。

「これから今度の文化祭で出す出し物を決めます。
何か案はありますか?」

亮が教壇に立ち、クラスメートに意見を聞いていた。
真奈美は黒板にタイトルを書いている。
だが、いきなり言われたので案が出るはずもなかった。
しばらく話し合っていると、

「は〜い、私は『コスプレ喫茶』がやりたいです。」

クラスの一人の女子が立ち上がって、突然そんな事を言いだしたので、これにはさすがの亮も言葉を失った。
その女子というのは、今時珍しい「お嬢様タイプ」の女の子でいつも数人の男子を従えている。
名前は岩崎知子。
性格はタカビーなので女子の評判は悪い。
しかも、彼女は相当のコスプレ好き。
しかし、かわいい外見に騙される男子が続出し、
今では亮と健二を除くクラスの男子はほとんど彼女を慕っている。
亮はあの性格だという事があるが、何より彼自身がそういったタイプが苦手なのだ。
健二は、今までの彼だったら慕っていただろうが、しのぶといい仲になっているので靡かなかった。
彼は恋に関して一途な方なのだ。
ちなみに明は完全に靡いていた。

「ほ、他に意見はないですか?」

若干顔を引きつらせながら尋ねるが、いっこうに案が出ない。
男子は絶対案を出さないのはもう覚悟の上で、女子に期待を託したのだ。
すると、

「はい、コスプレじゃない普通の喫茶店はどうかな?」

亮の後ろの方から声が聞こえた。
そう、真奈美である。
その瞬間、女子から歓声が湧いた。
彼女は結構人望があるので、知子の対抗勢力としてよくトップに立ったりしている。彼
女自体、結構ハキハキした性格なので、そう言うことはうってつけなのである。

「男子のみんなは『コスプレ喫茶』がいいわよねぇ。」

歓声が上がったのを聞いて、負けじと男子に応援を求める知子。
もちろん彼らがノーと言うはずもない。
少しばかり険悪なムードが流れる。
そんな時、

「はい、じゃあ、この二つで多数決を取ります。」

強引に亮が多数決に持ち込んだ。
一触即発状態だったので何とかまとめ上げようとしたのだ。
そして、その結果、

「と言うことで、普通の喫茶店に決まりました。」

数票差で真奈美の案である普通の喫茶店に決まった。
その瞬間、女子からは拍手喝采、男子と知子からは不満の声があがる。

「ちょっと、女子はともかくとして、何で矢原君と野村君は普通な方なのよ!」

『そうだ、そうだ。』

その不満の声の対象は「コスプレ喫茶」側に挙げなかった亮と健二。すると、

「俺が素直にいいと思った方に挙げただけだ。
文句を言われる筋合いはない。
だいたい、多数決って言うのはそういうものじゃないのか。」

亮の浪花節が炸裂。
健二はうんうんと頷いて、亮の意見にちゃっかり便乗していた。
だが、一向に文句が収まらないので、亮は、バンッ、と勢いよく教卓を叩いた。

「いちいち個人の趣味に付き合ってる程、こっちは暇じゃねぇんだよ。
いい加減にしないと、終いには俺だって怒るぞ。」

(もう怒ってるじゃん)

クラス全員、そんな事を思ったとか。
だが、口に出す者はいなかった。
なんたって、彼の方が一触即発状態なのだから。
こうして、彼らのクラスは喫茶店を出すことに決まった。

 

「はぁ、あの後、殆どの男子から白い目で見られたもんな。
あれは辛かったぜ。」

「あんな奴の何処がいいんだか。
俺にはさっぱり、理解不能だね。」

気が付けば話の内容は知子の事になっていた。

「外見は可愛いんだけどね。
頭のネジがどっか飛んでるな、あれは。」

「人気あるのは男子だけなのよね。
まぁ、まだ同じクラスになってそんなに経ってないんだけど。」

「でも、あの手の子って、女子からは人気はないのよ。
私も体育の時に一緒になってビックリしちゃった。」

いったい何時からだろう。
いつの間にか話しているのが四人になっていた。
それに最初に気が付いたのは、

「いつからいたんだ・・・、しのぶ・・・。」

亮の言葉を聞いて他の2人はビックリ。
知らぬ間にしのぶがいるのだから。
いつも四人でいるせいか、気付くのが遅れたみたいだ。

「もぅ、ビックリさせないでよ。」

「本当にいつからいたの、しのぶちゃん。」

別に当人としては普通に会話に参加しただけであって、
驚かすつもりは全然なかったのだろうが。

「ええと、十二、三秒前ぐらいからかな。」

「そこまで正確に言わなくても・・・。」

健二が呆れた声でツッコミを入れる。

「それで・・・、何か用か?」

とりあえず亮がここに来た理由を聞いてみると、

「ああ、暇だから来ただけ。
そんなに気にしなくていいわよ。」

気にするって、しのぶ以外の3人がそんなことを思った。
とりあえず話を元に戻すことに。

「そう言えばこの間、サッカー部のキャプテンと話してたわね、彼女。」

「俺も見たぜ。
その時は野球部のキャプテンだったな。
俺が入部届けを出しに行った時だからよく覚えてる。」

「殆ど部員の勧誘と同じね。
あんなに男の子を侍らせて、何が嬉しいんだか、さっぱり分からないわ。」

次々と知子の目撃談を語る健二としのぶ。やれやれと言った感じで真奈美が聞いていると、

「なぁ、もう止めないか。
あいつのこと、話すの。」

亮が話題の変更を提案してきた。

「そうね。
なんか、虚しくなってきちゃった。」

「俺も。」

「私も。」

満場一致で話題変更。
この後、文化祭の事が話題にあがり、かなり盛り上がったという。

 ここで彼らの学校の文化祭について話しておこう。
この学園の高等部の学園祭は毎年七月六日から八日の三日間開催される。
間に七夕の日を挟んでいることから「七夕祭り」とも言われており、
一学期中に学園がもっとも盛り上がるのだ。
そして、どこから流れたかは誰も知らないが、こんな噂がある。
それは、「七夕祭りの時に好きな人と行動すると必ず結ばれる」という、端から見れば在り来たりな話である。
だが、それを裏付けるかのように毎年たくさんのカップルが誕生しているという。
そのことから信憑性が高いので、女子や一部の男子の間で広まっているのだ。

「ねぇ、亮君。
七夕祭りの時に、一緒に廻らない?」

もちろん、真奈美だってこの噂は知っている。
半分照れてはいるが、どうしても亮を誘いたかったのだ。

「そうだな・・・。
初日は店番だから、七日と八日ならいいぜ。」

軽い調子で答える亮に、彼女は、

「じゃあ、七日にしましょう。」

と微笑みながらそう言って、約束を取り付けた。

「さてと、先生に費用を報告しないとな。
健二、一緒に来い。」

「なんで俺も一緒なんだよ。」

「どうせ暇なんだろ、だったらちょっとは手伝え。」

有無を言わさぬ亮の攻撃に結局折れてしまった健二であった。
彼らが職員室に行った後、

「よかったね、真奈美。亮君を誘えて。」

すかさず、しのぶがからかう。

「別に、他に行く人がいなかっただけよ。
それに、いなかったらいなかったで、また知子に言われるから。」

それを軽い調子で交わす真奈美。
最近、知子との衝突が多くなってきたので、
文句の言われないように亮を誘った、というのが彼女の言い分らしいが、
どうも怪しいものである。

「ふ〜ん、そうなんだ。」

「それはそうと、しのぶ。
あなたはどうなの。
健二君と廻るんでしょ。」

「うん、もう約束しちゃった。」

そう言ってしのぶは少し照れを隠すように笑う。
真奈美は真奈美で彼女の予想外の反応にガックリ。

「真奈美ももうちょっと素直になったら。」

しのぶはそう言って、鞄を取りに自分の教室へ。

「素直に・・・か。」

しのぶの今の言葉が心に響いたような気がして、真奈美はポツリとそう呟く。
そして、椅子に座り直し、大きく溜息をついた。

 

 その頃、亮達は、

「亮、真奈美ちゃんの誘いを受けるなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「どういうことだ?」

健二の言い方が気になったらしく、聞き返す。

「知らないのか?あの噂の事。」

「ああ、『七夕祭りの時に好きな人と行動すると必ず結ばれる』とかいうやつだろ。
俺は別に信じちゃいないよ。」

「そうか?
お前、昔っからそういうの信じる方だったじゃん。」

今度は亮が黙り込んだ。
実は彼、意外と幽霊やUFOとかを信じてしまう方なのだ。
もちろん、今回のことも例外ではない。

「やれやれ、どうしてお前はそう素直じゃないのかね。」

「性分・・・だからな。」

亮は少し寂しそうに呟くようにそう言う。
すると、健二は叱るような口調で言い放った。

「お前、その言葉で逃げてないか?
本当は真奈美ちゃんのこと好・・・。」

とっさに健二の口を塞ぐ亮。

「頼むから大声でそういう事言わないでくれ。
聞いてるこっちが恥ずかしい。」

健二は口を手で覆われたままコクコクと頷く。
そして、亮は手を退けると独り言のように話し出した。

「そう・・・かもな。そうかもしれない。
確かに俺は逃げてるのかもな。
自分の気持ちから目を背けて、言いたい事もはっきり言えない。
でも、そんな事は分かってるよ。
まぁ、何とかなるさ。」

亮はそういって笑ってみせる。
健二もやれやれといった様子でそれを見ていた。
そして、職員室から教室へ帰る途中、

「そういえば、お前は何で真奈美ちゃんが好きなんだ?」

健二がこんな事を聞いてきた。

「別にいいじゃねぇかよ。
だいたい、人を好きになるのに理由なんてねぇだろ。」

亮はいつもの様子で返答する。
まぁ、ほんの少しぐらいは素直になったようだが。

 

 なんだかんだいっている内に七夕祭り当日、生徒はみんなはしゃいでいた。
だが、亮だけは一人不機嫌。
何故なら・・・、

「何が悲しくて、知子と一緒に店番しなきゃいけねぇんだよ。」

そう、あのトラブルメーカー、岩崎知子と店番の時間帯が一緒なのだ。
まぁ、二人だけでなく、ちゃんと明や他の面々もいるのだが、
嫌な人がいるかいないかだけで雰囲気はガラリと変わるものだ。

「さあ、みんな、気合い入れていくわよ!」

『オーッ!』

開店前だというのに、もうハイテンションの知子とその取り巻きの男子達を見て、
ウェイター姿の亮は大きく溜息をついた。

(まぁ、午後には健二達も合流するし、ここは我慢しておかないとな。)

心の中でそう自分に言い聞かせ、何とか平常を保とうとしている彼であった。

 

 やがて午後になり、昼食を取ろうとかなりの人数が亮達の店を訪れた。
とはいっても初日は金曜日、つまり平日なので満席になるということはなかったが。
実のところ喫茶店などの飲食店は土日が一番忙しくなるのだ。
何故なら、学校の部外者、主に生徒の他校にいる友達や、親なども学園祭に訪れるからである。
実は亮はこの事を知っていてわざと初日を選んだのである。
だが、人が多いのには代わりなく、亮や他の生徒達は忙しく動き回っていた。
すると、

「みんな、お待たせ。」

ようやく、真奈美が到着した。
だが、来たのは真奈美だけであって、健二はいまだ来ていなかった。

「本当に待ったよ・・・。」

ウェイトレスの服に着替えている真奈美に聞こえないようにボソッとそう言って、
彼は注文の品をどんどん運んでいった。
その後、やっと健二も到着。

「健二、遅い。」

忙しすぎるのと、夏の暑さでもう汗だくの亮がすかさず健二に文句。

「わりぃ、わりぃ。
しのぶちゃんと昼飯食べてたら、遅くなっちまった。」

「そうか、じゃあ俺も飯食ってくる。
後はよろしくな。」

そういって亮は彼と入れ違いに控え室へと入っていった。

 

 やがて、店の客も減り、彼らが一息つく頃にはもう日が暮れていた。
学園祭の初日が終わろうとしており、生徒の大部分は前夜祭に参加するため、校庭に集まり始める。
この中には健二としのぶ、明や知子とその取り巻き達が混ざっている。
一方、亮は教室で窓から校庭を眺めていた。

「亮君、こんな所にいたんだ。」

後ろから声をかけたのは真奈美。

「ああ、人混みは苦手だからな。
ここで見ている方が性に合ってる。」

そう言って再び窓の外を見下ろした。
校庭では生徒達によるフォークダンス大会が行われている。
その輪の中に嬉しそうにしのぶと踊っている健二がいた。

「楽しそうね、二人共。」

「ああ、好き同士だからな。
・・・あっ、健二の奴照れてやんの。
あいつら、絶対まだ手をつないだことないんだぜ。」

クスクスと笑いながらそう言う亮を横目で見ながら、真奈美も笑う。

「ねぇ、屋上、いってみない?」

「そうだな。」

真奈美の提案で二人は屋上に向かった。

 

 亮と真奈美を出迎えていたのは満面の星空だった。

「きれいね。

でも、やっぱりキャンプの時よりは星が少ないわね。」

「そうだな、都会だと星を見るには明る過ぎる。」

「でも、よかった。

天の川が見えて。」

彼女が空を見上げながら天の川を指さす。

「なぁ、真奈美。」

亮が真奈美に呼びかけた。
彼から話しかけるのは珍しいので彼女も不思議そうにしている。

「また明日、一緒に見ようぜ。
明日はちょうど七夕だからよ。」

「うん。」

力一杯、嬉しそうに頷く真奈美。
それを見て彼は優しく微笑んだ。

「ねぇ、亮君は短冊になんて書く?」

真奈美は亮にそんなことを尋ねた。
実は明日、学園祭の前夜祭では校庭に大きな笹を飾り、そこに短冊を飾るという、
「七夕祭り」らしいイベントがあるのだ。

「秘密さ。
お前はどうなんだ?」

「私は・・・やっぱり秘密。」

少しじらした態度に彼は呆れてしまった。

「おいおい、聞いておいてそれはないぜ。」

「だって、教えてくれないんだもん。」

「そんなもん恥ずかしくて教えられねぇよ。
さてと、そろそろ戻ろうぜ。」

少し照れながらその場を後にする亮。

「ちょっと待ってよ。」

その後を追いかける真奈美。そして翌日、亮は短冊に

『真奈美とうまくいきますように』

そして、真奈美は、

『亮君といつまでも一緒にいられますように』

と、それぞれ書いていた。
この後、彼らがどうなったかはまた後日・・・。

to be continued


これは本当は2つの作品でした。
でも、部長が「原稿無くした」とか言い始めて・・・。
結局、1つにまとめることに・・・。
まぁ、続き物だったので、別に良かったのですが。
ワードに直したら、18ページという結構長くなってしまいました。
ちなみにこれが私のお気に入りです。
「友人の恋を見守る」と言うのがコンセプトでしたが、
主人公が恋していくのもいいかな〜、と思ったので。
でも、まだ気付いてないんですよね・・・。
そのおかげでまだまだ続きが書けそうです。
いつか、完結編を書こうかな〜、と思ってます。
では、これで。

 

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