「深緑の故郷」
〜過去の悲歌〜

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

頬にその衝撃が伝わり、顔が横を向いた。
記憶が再生されて頭がぐちゃぐちゃしている。
どれがいつの景色だろう?
あまりにたくさんありすぎて分からない。

『貴方は甘すぎます。
何度でも勝てるとは限りません。
大体、それでは貴方が危険にさらされる意外なんでもありません。』

だがそのどれもがあの時につながっているのに気付く。
自分を鍛えてくれた人の叱責、人々の顔、辺りの惨状、相棒の言葉、ゾイドの傷、すぐ側でする血の臭い。
気遣いもある。心配もある。不安も……ある。
それでも変えるわけにはいかなかった。
変えるわけには……

オマエヲ、ジゴクノハテマデ、ツキオトシテヤル…

がばっ!!

最後に見た嫌な光景で、勢いよく体を起こした。
息が荒い。
目は朦朧とし、自分が今どこにいるのかさえすぐには分からなかった。

「……………夢…か……」

少年の感覚が現実に戻ってくるのには、多少の時間が必要だった。
彼は、自分の体中が汗だらけになっているのに驚いた。
恐怖とか、そんな嫌な感情は残ってないくせに
妙な疲労感だけがずっしりと負ぶさっている。

『グルルルルル…』

「…夢見が、悪かっただけだ。」

そう呟くように返事をすると、
エクサに気が付かれないようにそっと降りた。

「…ストレスでも溜まったのか?」

自分に呆れ返った。あれほど、もう無理はしないと思っていたのだが。

『グルルルル…』

「シャワーを浴びてくる。今日の仕事に差し支えるのは避けたい…」

逃げるようにそこから離れた。今、思い出すことではない。
忘れていない。
なのに、何故まだ付き纏われる?
あの事は、あの年は……そう、自分が厄年と呼ぶあのときは。

 

その始まりは、そう……ライバルの死からだった。
同い年なのに、何時も2、3歩先を歩いているヤツ。
ずっと追いつけなかった、一度も、越えられなかった、そして永遠に……勝つことはできない。
それだけで、十分自分を苦しめるにはよかった。
でも、それだけでは終わらなかった。
あれは、それから2ヶ月も経っていないときだ。
俺の出身の村は農村で、場所は共和国の辺境にある森の中。
そこは軍の助けを借りることはできない場所だった。
元は、戦争があったためだが…こちらにまで戦力を回す余裕は無かったらしい。
だから人々は自分たちの身の安全を、自分たちで守るほか無いのだ。
俺もその1人だ。修行をさせてくれた人は、ライバルの祖父だった。
とても厳しい人だ。並大抵では耐えられない修行をさせる。
俺だって、1人だけだったら直に限界が来ていただろう。
よく耐えられたものだと思う。憧れだけではついていくことはできない。
そう言う修行だけではない。家の仕事もしなければならなかった。
家では主に母が機織りを、父が大工の仕事をしていた。
他にも村の畑の世話もあった。
父は仕事柄出掛けることが多く、一人っ子の俺に回ってくる仕事は多かった。
その日も、母の手伝いをしていたのだ。
機織りのためには糸が必要だ。
綿だけでは間に合わないので、よく森に蚕や麻などを取りに行く。
籠を持って森を歩いていた……

 

「ん…?」

少年は後ろを振り返る。後ろには変わらぬ景色しかない。
だが、確かに音がしたのだ。

「…………」

じっと耳を澄ます。微かに森のざわめく音が聞こえる。風の音ではない。

「(また来たのか。)」

何度かこの森に盗賊の気配があったことがあるのを聞いていた。
少年は厄介だなと思いつつ、持っていた籠を捨てた。
白や茶色等の蚕が地面に転がる。
一刻でも早く、村にこのことを知らせなければならない。
だが、それにしては遠くに来すぎていたようだ…

「(…相手の足の方が早いか。)」

ルールで、こういう場合は遠回りで戻ることになっていた。
どうやら、気配がばれたらしい。
追われているのがはっきり分かる。

「面倒だな…」

少年はそう呟きながら進む。
上手く捲いてからでなければ村に戻れない。
決まり、なのだ。
いくら速いと言えど、どれだけその環境になれていると言えど、
12歳の少年が、大の大人を振りきるのは困難だ。
気配が徐々に近付いてきた……

「(もっと遠回りしねぇと…)」

さらに迂回する道をとる。
だがいくら走っても距離は詰まり、後ろに人影が微かに見えた。

「くそっ…(あともう少し……)」

その少年に、手はあった。
実際は盗賊とではなく、時間と戦っている。
そしてこの少年にしてみれば、何よりも自分と戦っていた。
だが…

ダダダダダダ、ダダダダダダ!!

「うわっ…」

後ろで、逃がすな!という声が聞こえた。
彼らの考えからすれば、まずは捕まえて人質にしてやろうという魂胆だろう。
距離が無くなる。
……少年はひたすら走った。
逃げ切らねばならない………

モットネラエ…!

その声と共に、少年の体が傾いた。

バーーーーーン!!

「…っ!?」

右腕を押さえ込んだ。
気色が悪いと思った。
手がぬめぬめする。
完全に倒れ込む前に、血の臭いを感じた。
そう、自分の……
だが、少年は倒れ込まなかった。
その前に何とか足が動いた。
銃弾を込み入る木々で避け、先を急ぐ。

「大丈夫…掠っただけなら、何とか……」

少年は自分に言い聞かせていた。ジグザグに、相手が来づらいように走る。
でも、それでも頭の中に逃げられないかも知れないという考えがあった。
相手はオオカミのようだ…腕から血が滴り落ちる。
この血が臭っていれば、それを追ってくるだろう。
少年は、判断を迷っていた。
こんな実戦は初めてで、でも今は自分にしか頼れない。
決断は、自分の手で行わなければならない。過ちは許されない。
たとえどんなに子供だといえど、それがその村の仕来りだった。
甘えなど、あってはならない。
思考が働かず、少年は焦っていた。

「(どうする?)」

自分自身にきつく問い、答えを出そうとした。
時間がない。それは少年もよく知っていた。
待ち伏せがあるかも知れない。
知らず知らずのうちに誘導させられているかも知れない。
だが、それはなかった。

「!?」

何か、音がした。
先程とは別の衝撃を感じた。
今度は立ち上がれず、自分が闇に引きずられていくのが分かった。
時間切れ。
今、少年に分かったのはそれだけだった。

 

「う…っ……」

どれだけ経っていたのだろう?
今自分の体が横たわっているのは、草の上ではない。
冷たい石の上だった。森の中よりもさらに薄暗い場所だ。
自分が押さえていたはずの右腕を見てみると、手荒く止血などの処置が施されていた。
すぐに死なれては困る、ということだろう。
大方、見せつけるつもりなのだろうとは彼にも分かっていた。
過去に…ずっと昔にそういう事例があった。

「っ…!」

少年は身を起きあがらせようとして、あることに気付いた。
手首と足首とを、縄で縛られている。
それもかなりきつめのようだ。

「…………」

しばらくじっとし、周りの様子を窺った。
近くに人の気配はない。

「面倒な…」

そう思いながら、少年は縄を解こうと試みた。
やはり、頑丈で無理だと言うことはすぐに分かった。
すぐにやめ、手袋の指の付け根辺りからなにやらとても小さいものを何とか取り出した。
それを器用に使う。
多少の時間がかかったが、一本縄が切れた。
すぐに次の縄を切る。
気の長くなるような作業だが、半分ほど切ると手の動きも少し楽になっていた。
そこからまた数本縄を切って、やっと手首の縄が落ちた。
少年は身を起こし、少し細長いその小さい砂利の一つのようなものをまた手袋の中に押し込めた。

「…なめられたもんだな。」

胸の辺りをさすると、少年は呟いた。
手を突っ込み、匕首を取り出す。
それを使うと、足にまとわりついていた厄介な縄もすぐに落ちた。
匕首をしまい、何とか体を起きあがらせる。
足がフラフラする。

ガンッ…

倒れそうになり、とっさに周りの物に掴まった。
じゃり、として…先程嗅いだ臭いだと少年は気付いた。
自分の手のひらを見ると、錆びがついていた。
手袋をしているので、血のシミの上にそれがある。
自分が掴まったその正体を見てみると、錆びた鉄格子だった。
どうしてこんな場所があるのか…自分のいる場所はまるで牢獄のようだった。
蜘蛛の巣や埃があり、そこは不気味だった。
少年はもう一度辺りに気配を探した。
だが、近くに人はいなさそうだった。
少しは頭の回る速さもマシになってきたらしい。
少年は自分の持っている物を確認した。
大分侮られていたらしく、持っていた武器には全く気付かれなかったようだ。
その牢屋は、鍵だけは新しかった。
鉄格子は思いっきり蹴り飛ばせば崩れそうだったが、だとしても子供には無理だろう。
しかも今、この少年にそれだけの力は残っていない。

「(全く、厄介だ…)」

どこからか、針金のようなものを取り出した。
膝をついて鍵穴の中にそれを突っ込む。
カチャカチャと音がする。
もう一つ針金を突っ込ませ、しばらくすると手応えがあった。

チャッ…

鍵が開いた。
2本の鉄格子を束ねるようにして付いていたそれが外れた。
少年はそれを床に静かにおくと、そっとその鉄格子を外へと押した。

ギィーーー…

古びたそれは、やけに重い上に変に高い音までたてる。
少しだけあけた隙間から体を滑り込ませるように外へ出る。
通路から外へ出たが、見える場所に人はいない。
なるべく音を立てないように駆け出し、出口を探した。
幾度となく盗賊の連中に出くわしそうになる。
そのたびに方向転換し、何とか存在を知らせずに済んだ。
どこを歩いても、日の光はなく薄暗い。
どこからかコウモリが鳴く声までする。
蜘蛛の巣と埃にまみれた場所は、暖かい空気など存在しない。
…人がいるのに、この有様は何なのだろう?
盗賊の奴らが最近ここを見つけたとしても、どうにもおかしすぎるではないか。
幾つもの角を曲がった。
だが、出口は見あたらない。
それどころか、同じ通路に出会うことさえなんと少ないことか。
まるで出口など存在せず、ただ蟻の巣のような通路の道しか存在しないのではないだろうか?
部屋はいくつあった?
使われていないものを含めると…もういくつあったか分からない。
そう、きっと数え切れないほど………………

イナイゾ!

少年はビクッとした。
声は大声だろうに、小さく聞こえた。

「逃げ出しやがった!
早く探し出せ!!」

少年はさらに足を早めた。
今度掴まったら、もう逃げ出せないだろう。
どこからか、足音がせわしなく聞こえる。
壁に突き当たり、角を曲がった。

「あっ…」

階段が見えた。上
へ昇る…
躊躇している暇はない。
早く行かなければ。
急いで駆け上がる…足音のリズムは短く、高く聞こえる。
その先に、もう一つの悪夢を迎えるとは知らずに。

「こっ…小僧!」

若い盗賊の一人が、そこにいた。
どうやらここまでさっきの大声は聞こえなかったらしい。
盗賊が銃を撃とうと構える。

ガッ…

「ぐ……っ!」

痛みのあまり叫んだのは、盗賊の方だった。
少年の反応の方がやや早く、相手は匕首の餌食となった。

チャッ!

少年は落ちた銃を拾った。
やや気が動転していて、自分がしたことに気がつかなった。
その場所はあまり広くなく、日の光も見えた。
それを辿ると、すぐに外へ出られた。
そこには、少年がよく見知った森があった。
大分遠くまでつれてこられたと思いながら、見当を付けて森を駆け抜ける。
ふと、自分がまだ匕首をしまっていないことに気が付いた。

「……ちっ!」

嫌な臭いが付いていた。
少年はその赤いものを振り払い、走りながら掴んだ木の葉で拭いた。
…少年の悪夢はここからだ。

「うっ…」

人の気配を感じた。
それが後ろにあるのではないことに、少年は焦った。
後ろではない、横でもない、遠く離れてもいない……
…………目の前だ。
まだ近くはないが、確かにそこにいる。

「あっ、此奴!何時出てきやがった!!」

その若い男はそう言って、銃を構えようとした。
まずい、飛礫を投げるには、距離が長すぎる。
針でも届かない!
既に混乱していて、どうすればよいか分からなかった。
必死になって、とっさの行動を取った。
それが……

パァン!!

少年にとって、何を意味するものかも知らずに…………
…轟音だった。
……嫌な音だった。
それの正体は、あの色をしていた。

「あ…」

目の前の光景を、どう受け止めればよいのだろう。

「ああ、あぁぁ…」

絶望に似た色、地獄絵図、
…脳裏に焼き付いた、嫌な臭い。

アッチダ!

ビクッとした。今までにないほど怖かった。
何故、死ぬかも知れないと思ったときよりも怖いのだろう?
この恐怖は何だ?
この気持ちは、感情は何だ!?
慌てて掛けだした。がむしゃらに走った。
ただひたすら走った。
それでも、そうしても……
あれは…脳裏に焼き付いた、血溜まり…どんどん広がっていく。
あれは何だ?
人が倒れた。
それは何だった?
一体何を…なんだ?
何だ?何だったんだ!?
分からない、分からない、理解できない、あれは…。
でもこの感情は、何故…広がって……

 

必死に走って、何とか村まではたどり着いた。
どこを走ってきたか、どうやって帰ってきたのか、全く分からなかった。
すぐにレドラーに、リムラに少年は乗り込んだ。
…悪夢はまだ続いていた。

「小僧!」

何故か、ゾッとした。
次々と投げつけられる文句が、頭の中をこだました。

キサマ…

分からなかった。
分かっていなかった。
理解しようともしていなかった。

コノヤロウ、オレラノ…!

認めていなかった。

オマエヲ、ジゴクノハテマデ、ツキオトシテヤル!!

だけど、…でも……何度も、何度も、頭の中を駆けめぐる。
相手が憤怒しがなり立て、それがこだましている。
その声は、怒りと、憎しみと、悔しさと、悲しさと…怒気、怒罵、憎悪、後悔、悲傷……
ニンゲンの言葉が頭の中を駆け、支配し、焼き付ける暑さと同じように、…逃げられない。
声が、声ではない…何故、何で、どうして……言霊として、耳に喰らいついてくる。
今までにないほど怖かった。
何故、死ぬかも知れないと思ったときよりも怖いのだろう?
この恐怖は何だ?この気持ちは、感情は何だ!?
また、あの悪夢が目の前に浮かんでくる…
忘れるつもりはない。
でも、今は思い出したくない。
思いだしてはいけない。
だが、止められない。
また目の前に浮かんでくる。
あれは…脳裏に焼き付いた、血溜まり…どんどん広がっていく。
あれは何だ?
人が倒れた。
それは何だった?
一体何を…なんだ?
何だ?何だったんだ!?
分からない、分からない、理解できない、あれは…
でもこの感情は、何故…広がって……
止められない、あの赤いもののように。
…違う。
分からないわけでもない、分からないわけじゃない、理解できないはずがない。
そう…ただ逃げているだけ、認めたくないだけ、正視したくないだけ、受け止めたくないだけ、受け止められない、だけ。

 

気が付けば、終わっていた。
少年は…自分が死んでいないところを見ると、負けたわけではないことは分かった。
そう、自分だけで戦ったわけではなかったのだ。
この村の者達なら、そう易々と負けることはない。
ただ、自分がどう戦ったのかは分からない。
どうやって追い返したのかは分からない。

「…追い返した?」

ふと、疑問に思う。
そう言えば、今回は相手のゾイドが一体も残らなかった。

「追い返した、のか?」

ふと、自分が立っている場所を見る。
どうしてここに来たのだろう?
水が流れる、綺麗な川。
村からはだいぶ離れている。
もっと下流に、ゾイドをおけるだけの広さがある河原があった。
そこに、リムラを置いてきたのだ。
少年は懐から匕首を取り出した。
黙って、それを水につける。

ジャバ…

しぶきが立つ。

「…………」

ふと、回想する。
そう言えば、これで相手を斬りつけたのだ。
がむしゃらになっていたので、どうやったかまでは思い出せない。
死んだのだろうか?一命を取り留めただろうか?
分からない…確実なのは……
水面にもう一度水しぶきが立った。
ぬれた匕首を拭くと、少年はそれをしまった。
夕方の、涼しい風が吹いていた。
空はオレンジ色に染まり始めていた。
だが、少年はそれが綺麗だとは思わなかった。
できれば、どんな形であれもう2度と見たくないと思った。
だんだんと赤くなっていく。
耐えきれなくなったかのように、意を決して下流の河原に戻った。
そこには、赤いレドラーがいた。
飛行ゾイドでは、村に戻るまで大した時間はかからなかった。

 

右腕を怪我したのを、皆が心配していた。
さすがにあの人には、相手に捕まってしまったことを怒られたが、逃げ出したことについては認めてくれた。
だけど、誰も気が付かない。
変わっていないのだろうか?
変わったように見えないのだろうか?
皆、何時もと変わらない。
あの人が傷の手当てをしてくれてからは、皆は何時も通りだった。
無理をするなと指示を受け、その大きな家から出た。
フラフラと…でも、見た目では普通に歩いているようにしか見えないのだろう。
意外に、分からないものなのだ。
予想外に自分の気持ちが、表に出なかったり、相手には分からなかったり、伝わらなかったり、
…特に、彼にとってはその大きな怪我が邪魔だった。

 

少年は家に帰る前に、あるところへ寄った。

コンコン…

戸を叩く。

「どうぞ。」

中から、若い男性の返事があった。
少年は戸を開けた。

「エレイド兄さん…」

相手はベッドに横たわっていた。
少し前から体調を崩しているのだ。

「……調子はどうだ?
少しはよくなってるか?」

少年はもう諦めていた。
分からないのなら、隠し通せばいいと思っていた。
だから、できる限り何時も通りに振る舞った。

「まぁ、悪くはなっていないよ。
ところで、ラウトの方こそ大丈夫か?」

「別に、腕を怪我しただけだから。
ちょっと酷いかも知れないけど、時間が経てば治る。
平気だよ。」

「そうじゃなくて、」

その人は上体を起こした。
それから、ラウトの顔を見てちょっと首をかしげた。

「その事は、見れば分かるよ。そうじゃないんだ。」

今度はラウトの方が首をかしげた。

「そうじゃなくて、私が聞いているのはここ。」

親指で自分の胸を指しながら、エレイドは続けた。

「心のことだよ。
捕まって、それから脱走して……」

エレイドは、そこで一呼吸置いた。
それからはまた、別なことを話し出した。

「この間、あんな事があって…その時ラウトはちょっと変わった。」

それを聞いて、ラウトはビクッとした。

「心が変わると、人は僅かながらでも変わる。
行く前のラウトじゃもうない。本当に大丈夫なのか、君の心は…」

その声は、静かで穏やかだった。
耐えていた、その何かが一気にあふれ出したようだった。
気が付くと、ラウトはエレイドの胸で泣いていた。
涙は溢れて、止まらなかった。
声を上げて、それを堪えようとして…エレイドは静かに見守っていた。
…分からなかった。理解されなかった。
伝わらないものだと思っていた。
理解されないものだと思っていた。
気付かれないものだと思っていた。
でも、そうではない。

 

やっと泣きやんで、ラウトは今までのことをすべて打ち明けた。
エレイドは、ただ黙ってそれを聞いていた。
頷いて、ただ話を聞いていた。
それから少し話をして、ラウトは家に帰った。
帰ると訳もなく強い眠気に襲われ、
すぐに狭い部屋の天井に取り付けられたハンモックで眠ってしまった。

 

「石の……遺跡なのかも知れないな。」

ラウトが帰ったあと、エレイドは物思いにふけっていた。

『キュアァ〜♪』

急に扉が開いた。

「お帰り、エクサ。」

それを見て、エレイドは笑って迎えた。

『キュイ?』

「調子?悪くはなっていないよ。」

エクサが近寄る。
それから頬ずりをして、嬉しそうに声を上げる。

「エクサ…もう随分と本当の名で呼んでいないな。」

『キュイ?』

エクサは首をかしげる。

「…そうだな、記憶は封印させたんだったな。
そのせいで、コモススも完全に扱え無くさせてしまった。」

訳が分からないらしく、エクサはまた首をかしげた。

「どうやら、私はそう長く生きていられないらしい。」

エクサの、人間で言うのならば鼻辺りであろうか?
そこに右手を乗せ、また話しかける。

「エクサは、実際には本当の名なのかも知れないが…
だとしても……」

少し、声のトーンが低くなる。

VENGANZA(ベンガンサ)…」

エクサは、まるで催眠術を掛けられたようになった。

「私も、記憶を完全に取り戻せたわけではない。
地形も変わっただろう。」

一息置いて、また話しだした。

「探さなければならないのだ、あれ≠。
ここにはおかず、別な場所に置いた。
だが、その前にあの恐ろしいものを先に片付けておかなければならなくなった。
早くもあの場所の遺跡は知られた。
時間がない。
もし強き者の手に渡れば、危険なものになる。
もう私以外の方々も目を覚ましているだろう。
急がなければならない。
私の役目は、あの遺跡を永遠に封印すること…
もう、目覚めさせる気はない。
反抗でも何でもいい。
それが私の決断だ。」

はい、とでも返事をするかのように
エクサは低く唸り声をあげた。

「幸い、適正者がいる。
この偶然には感謝するしかない。
それに、私の過ちは犯さないだろう。
お前の名のようには…私の本当の名のようにも……」

また一呼吸置いて、話し出した。

「私、SFORZANDO ALASTOR AZZURRO( スフォルツァンド・アラストール・アズーロ)の名において命ず。
私の亡き後、LOUWARTSYS SHEM DAVISIR( ラウウァートシス・シェム・デイヴィッサー) と共にあの剣≠探せ。
そして、巫女を捜せ。」

ふと、手を離した。

「お休み、エクサ。」

『キュウ〜…』

エクサは元に戻っていた。そのまま、ベッドの横で丸くなる。

「巫女様に、よろしく…」

コンコン…

誰かが戸を叩いた。

「どうぞ。」

何時もと変わらぬ様子で、そう返事をする。

「調子はどうだい、エレイド?」

「はい、おかげさまで…」

女の人が、お盆に食事を乗せて入ってきた。

「今日もエクサはたんと働いてくれたわよ。
おかげでこっちの仕事は大助かりさ。」

何時もと変わらぬ会話。
何時もと変わらぬ時が流れる…
だが、それがだんだんと変化しているのに気付く者は僅かしかいなかった。

 

数ヶ月後、…ラウトにとっては、3つ目の悪夢の日が訪れた。
彼が冥界に連れ去ったものは、VENGANZA(ベンガンサ=復讐)と
自分自身のALASTOR(アラストール=悪霊・怨霊)だった。

───────────────────────────────────

*アトガキモドキ*

書き終わったあとで気が付いたのですが、始まり方が千夏さんの「悲しい勇気」と似ています……
代用できる方法を思いつかなかったのでこのままです、すみませんι
かなり未熟者ですが、少しくらい成長できるように頑張ります。
あと、ようやくエクサの対の人物が出せました。
見たとおり、エクサと同じくちょっと裏表がありますが気にしないで下さい。
…古代に性格の明るい人物を想像できなかっただけです(おぃ)
因みにラウトの村、十数年前から諸事情があって狩猟が罠ぐらいに、つまり銃を使わなくなりました。
ので、扱い方は聞いていても、どんなものかは殆ど知らなかったわけでι
まあそれ以外でもラウト、色々混乱しまくっています。
……どうでもいいが、暗いっ(書いてる奴が言うな)
さてこのおかしな話はまだ続きます。
……少なくとも、あと3話は。
訳の分からなさ加減の度が高い話ばかりですが、どうかよろしくお願いします(深々と礼)


シヴナさんからいただきました。
まだ続くんですね・・・。
でも、うちとしては大助かりかも。(爆)
ラウトのトラウマ、結構重症ですね。
しかも今いるところそういうのが多い・・・。
そして、エレイドがエクサとラウトに託したものはいったいなんなんでしょうか?
謎いっぱいで見ごたえ抜群ですね。
あと、字が見にくかったらごめんなさい・・・。
では、シヴナさん、ありがとうございました。

 

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