「深緑の故郷」
〜狂わせの振動〜

 

ドドドドーーーン!!

「うあっ!?」

クリーム色の髪をした12歳くらいの少年が叫んだ。
地は唸り、視界が揺らいでいる。

「じっ、地震!?」

「気を付けろ!大きいぞ。」

「……っ!一体何だっていうんだよ!?」

激しい揺れに足が取られる。
衝撃は木や家に襲いかかり、それが地面に叩き付けられ、振動のすさまじさをまざまざと見せつける。
人々はしばらくの間身動きが取れない状態になっていたが、予想外に揺れはすぐ治まった。

「……久方ぶりの大揺れだったな。
またゾイド達が動揺したかもしれん。」

近くにいた髭の男性が辺りを見てそう呟いた。
どうやらこの近くにいた人は全員無事そうである。
皆、辺りを見回してきょろきょろしている。

「あっ、ラウト。
どこ行くんだ!?」

だがそこで一つの影が走り去ろうとしていた。
少年はくるっと振り返ると、一言二言言ってまた走り出した。

「エレイド兄さんが外に出てたんだ。見てくる!」

その後ろ姿からは、少なからず焦りが見え隠れしていた。

 

「エレイド兄さん!?」

ラウトは小さな家の前まで来ていた。
隣に生えていた木が家によたれかかって、その部分が少し崩れている。

「しまった、きしんでやがる!」

ドアを開けようとしたラウトはそのびくともしない様子に慌てていた。
乱暴に蹴り飛ばし、最後は体当たりして無理矢理中へ押し入った。

「エレイド兄さん!!
…………っち、いねえ!」

家の中には人の気配がなかった。
全ての部屋を確認してみたが、やはり誰もいなかった。

「あっ、エクサ!」

『キュイイ!?』

窓の外に水色の影が見えた。
ラウトは急いで外へ出てエクサに駆け寄った。

「エレイド兄さんを見なかったか?
ここにゃいねぇんだ。」

『キュウ?』

首を傾げたエクサに、ラウトは焦りの色を濃くした。

「あ〜、エクサ。
すまんがこっちを手伝っとくれないか。」

『キュイ♪……キュウ?』

遠くから年老いた男性がエクサを呼んだ。
それに返事をしたエクサだったが、振り返ったときにはもうラウトはそこにいなかった。

 

「くそっ、どこ行きやがったんだよ。
頼むから無事でいてくれ!!」

ラウトは森の中を走っていた。
しばらくすると、その先に木の生えてない場所が見えてきた。

「う……嘘だろおぃ…………」

そこには昨日まで土色の小さな建造物があった。
地下にいくつか部屋のある、古代の遺跡……
ラウトは呆然としながらその廃墟の上を歩いた。
今ではそこにどんなものが建っていたのか分からない。

「うっ……おあっ!?」

突然足下の瓦礫が崩れてラウトはしりもちをついた。
下から砂が落ちていくぱらぱらという音が聞こえた。

「ててててて……何でこんなもろくなってんだ?」

近くにあった小石をつまんでみると、少し力を加えただけですぐに砕け、
砂になって手からこぼれ落ちていった。

「…数百年以上も建ってたのが、何でこんな簡単に……」

次の言葉は出てこなかった。
恐る恐る立ち上がると、辺りをよく見渡した。
危険な場所から出ようと、慎重に一歩一歩を踏み出す。

「…………?」

一瞬、近くの瓦礫の下に何かが見えた気がした。
ラウトは足場を気にしつつ、その一番大きな瓦礫のところへ行った。
そこに手をおき、そおっと下を覗き込む。

「…あれは……!」

薄くて柔らかそうなものが奥に見えた。
微かな風でひらひらと揺らいでいる。

「こっち側からじゃ無理だ。くそっ!」

慌てて走ったのでラウトは一度転んでしまった。
だがそれに構わず、すぐに立ち上がると
反対側から瓦礫の下を覗いた。

「ちっ、見えやしねぇな。
くそっ!」

足に力が入れられないと分かっていても、手前にふさがっている瓦礫をどうにかどけようとした。

「う…わあっ!」

予想通り、足下が崩れた。
それでも瓦礫は少しずれて、なんとかラウトが奥へ潜り込めるほどになっていた。
だが、こんな場所だ。
それはかなりの危険を伴う。

「ラウト、なにやってんだ!?
つーより、どうなってんだよこれ……」

「レット!?」

突然声が聞こえて、仰向けになっていたラウトは首を持ち上げその主を捜した。
見ると、そこには彼の昔なじみが立っていた。

「わかんねぇけど、とにかくエレイド兄さんが見つかんねぇんだ。
誰か呼んできてくれ!」

「分かった。
……無茶すんのは勝手だけど、馬鹿なまねだけはすんなよ。」

「分かってる。」

ラウトは背中の痛みを堪えて立ち上がった。
その頃にはもうレットの姿は見えなくなっていた。
ラウトはすぐにさっき作った隙間に体を押し込ませた。
中は光がなく、真っ暗闇だ。

「…あった!やっぱり布だ。」

手の感覚だけを頼りに、近くにある小さい瓦礫や砂を掻き出す。
焦っているためか、たまに手元に戻ってくるのもあったが、それでも必死に作業を続けていた。
……不意に、指にそれまで感じなかった感触がした。
ラウトは背筋がぞくっとしたのを感じたが、再び手を動かし、不確かな感覚の中で同じ動作を何度も何度も繰り返した。
一向に状況が変わらず焦れったい。
最近は長くそんなことはなかったのだが今は指の先でミスばかりを繰り返し、周章狼狽していた。

「おいデイヴィッサー!どこだ!?」

背後の穴の外から、人の声が聞こえた。
だが先程の少年の声ではなく、低い男性の声だった。

「ここだ!でっけぇ瓦礫の下!!
悪いけどこれどけてくれ、人がいるみてぇなんだ!!」

ラウトは普段出さないような金切り声で叫んだ。
気がせって、効率の悪い行動を取っていたことに気付いていなかった。

「どこにいるのかわからん。
さっさと出てこい、巻き込むぞ。」

「…………ちっ!」

もっともだった。
こちらがこんな状態では、向こうは下手に動けない。
ラウトは先程の隙間から後退して無理矢理外の世界へ戻った。
青空がいやなくらいまぶしかった。
倉皇としながら、やってきた数人の大人達と共にその瓦礫をどけようと……彼を助けようとした。
ラウトにとってかけがえのない、あの人を。

 

別れは突然だ。
分かっていたとしても、急にやってくる。
待ってくれない。
夢や幻のようで、だがいつも沈む日のようで、それで結果は変わらない。
誰にも知らせず散華した彼に、泣き崩れ平常心をなくす者は多かった。
太陽と死は凝視できないとはよくいったものだ。
その日は闇の黒と、喪失した灰と、悲しみの青で覆い尽くされた。

 

カサッ……

その夜は新月だった。
土に帰った者は、たった一人真新しい石の下で眠っている。
そこへ一人の少年が歩いてきた。
フードを被っており、その顔色を窺い知ることはできない。
風が吹くと、こんな日には不似合いな生成の服が微かにばたついた。
何も言わずにその石の前まで歩いてきた。
たくさんの花がその前に敷き詰められているのを見下ろしている。

「今夜はそばえ雨じゃねぇよ。
久しぶりに飛雨になりそうだ。」

冷淡な声でそう呟いた。
真っ黒な空は厚い雲で覆われ、ぱらりぱらりと大きめの雫が落ちている。
その一粒がその少年の頬に当たると、彼はフードを取った。
無表情だが、どこか寂しげで複雑な表情だった。

「今日は雨が降るから蛾の心配はいらねぇみてぇだ。
悪いけど、この際言いてぇこと全部言っちまうよ。」

いつかの月のような黄色い瞳が、石に刻まれた名前を凝視する。

"エレイド・レテリーク・シュレ・プリムラ"

彼は遺跡から現れ、遺跡で消えた。
ラウトはしばらく歯を食い縛ってだんだんと強くなる風を受けていたが、
一段と強く風が唸ったあと、静かに話し出した。

「わざとだろ、あれ。
あの地震はエレイド兄さんが起こしたんだろ?
でも……もう5年も昔になるんだな。
あの日の地震も、今日と同じだったのか……?」

 

「わあぁっ!!」

一人の少年が叫んだ。森がざわめき、風が渦巻いた。
その日、その時…足下が唸り、激しい揺れが歩く自由を奪った。

「何だ!?」

「地震っ…何でこんなに揺れているの!?」

歳の近い少女も、隣にいた年下の男の子も目を丸くしていた。
慌てたように、その辺りにいた数人が近くのものにしがみついた。
小さな体にその振動は厳しく、転ぶ子ども達も数人いた。
目の前の光景が歪んで定まらず、目眩がしそうなくらいだ。

「瓦礫に気を付けろ。
物が飛んでくるかも知れん。」

彼らの上を大きな影が覆った。
一人の大人が、そこに立ってこちらを見下ろしていた。
太く通る声、黒い髭…その割には年老いていなさそうだった。
冷静な口調が、子ども達に注意を促していた。
山のふもとだ。地震だってさほど珍しくもない。
それでもここまで揺れることはそう無いのか、遠くで畑仕事をしていた大人達の中にも、動揺する者がいた。
地響きはおさまらず、それどころか激しくなるばかりだった。

ドドドドーーーン!!

「うあっ!?」

今度は男の子がその轟音に声を上げた。
瓦礫が落ち、木々が倒れる中でその音はひときわ大きかった。

「なに!?」

少年も思わずその方向に顔を向ける。
砂煙が上がり、それが天に届きそうなくらい高く立ち上っていた。

「何かが倒壊したか…だがあの方向とすれば。」

側に立つその男性が呟く。
鞘にしまわれた剣でバランスを取りながら、その長身をすっと立てていた。
子ども達の話し声も、そこかしこで聞こえる。

「あの土色のヤツだ!」

「あそこが崩れたのかな?」

少年もその正体が分かり、女の子もしきりにそちらを気にした。
驚いて、ざわざわとその場がざわめいていた。
…それからしばらくすると、振動も止んだ。
地震に驚いて親の元に駆けていった子、あまりの揺れに泣いてしまった子もいたが、
この髭の男性の周りに残っている子ども達は、好奇心の方が上回っているようだった。

「おぃ!ちょっと来てくれ。
動揺しているゾイドがいる。」

どうやらその髭の男性が呼ばれたようだ。
高く昇り始めた太陽に目を細めながらも、呼ばれた方に振り向いた。

「分かった、すぐに行く。」

その言葉に動揺もせずに、悠々閑々と返事をする。
相手が少し慌てているのにも気にせずに後を追って歩き出した。

「あっ…」

すんでの所で呼び止め損なった。
少女が横で戸惑った顔を見せていた。
彼が去っていったあと、そこに残されたのは数人の子ども達。
どうしたものかと、互いに顔を見合わせた。

「ね、どうしよ?
途中だけど、勝手にやれないもん…」

話し始めたのは、さっきの少女だった。
その子と同じく、皆は困った顔をしていた。

「おじいちゃん、すぐには戻ってこないよ。」

全くもう…と呟きながら話す女の子。
彼女は髭の男性と同じ家で暮らし、彼のことはよく分かっていた。

「勝手に訓練しちゃ駄目だし、ついて行っても足手まといか。
暇…」

少年もこの場を見渡してぼやいた。
隣には少し年下の男の子があくびをしている。
何かの訓練が途中だったが大人が同伴でなければできないのか…
もしくは、危険らしかった。
どうしようもなく、このまま待つしかないかと思っていたとき、去っていく足音がした。

「あっ、ちょっとぉ!
ラウトどこに行くのっ!?」

女の子が叫んだ。
駆けだしていったのは、その子と年の変わらない男の子。
クリーム色の髪をして、大して長くもないばさばさとした髪を一つに束ねている。

「何でその呼び方をするんだよ?」

その男の子は、振り返って立ち止まった。
黄色い瞳をした子だ。

「大体、LOUT(ラウト)って、不作法者って意味だろ!?」

「だってその通りなんだもん。」

不満そうに言うが、それでも女の子は全く気にしない様子。
それどころか無邪気に笑う始末だ。
少年はやれやれと思い、男の子の方に問いかけた。

「それよりどこ行くんだよ、ラウァ?」

その男の子は、その女の子以外からはそう呼ばれているようだった。
その言葉に、さっきの機嫌が悪かったのもすぐに直ってしまった。

「あそこ。
崩れたかどうか見るだけ!」

笑って返事をしてまた駆け出す。
他人の意志なんか気にせずに、自分の好奇心だけで走っていくあたり本当に子どもらしい。
だが、それでいいとは必ずしも言えない。
少年はやや顔をこわばらせていた。

「おい、勝手にそっちまで出歩いたら…」

少年はこの中ではリーダー的な存在だった。
それなりに責任感もある。
少し焦ってその男の子を止めようとした…が、

「あたしも行く!!」

「って、おい待てよシア!!」

それが報われないことも多い。
1人2人と彼らは飛び出していってしまう。
彼らの足は予想以上に速く、あっという間に木々の向こうに消えてしまった。

「くそっ!」

言葉では止められないことを感じ、後を追いかける。
野ウサギのように彼らは跳ねていった。
それを苦虫を噛み潰すような思いで見つめ、急いで走っていく。

「僕も行く!」

さっきまで黙っていて、あくびなどをして退屈そうにしていた子までが彼らの後を追って駆けだした。
その中で残されたのは少女だけだった。
周りを見ると、他の子ども達は親の元に行っており、誰もいない。

「あっ、置いてかないでよ!」

不安になり、慌てた少女も駆けだした。
行き先は、土色の建物。
森の中にひっそりたたずんでいた、古い遺跡。
そしてその場所は誰かにとって……この村の名と、同じ意味を持っていた。
La llave(ラ・ジャーベ)という名と。

 

「うわあぁ……っ!!」

少し崩れた、その土色の建物を見上げ、ラウァ(ラウト)と呼ばれている男の子は歓声を上げていた。
その建物はやや濃い茶色をしており、木々の中に並んでいる。
高さはあまり無く、村の家と変わりない。
地震で少し崩れたあとがあったが、それでもその形は保っている。

「待ってよラウト!」

遠くから足音がしてきた。
さっき叫んだのは女の子だ。

「あっ、シアも来たのかよ。
…と思ったら、結局みんな来たんだ。」

ぞろぞろと5人の子ども達が集まった。

「全く、誰も聞かないんだから!」

「と言いつつ、アファもついて来てるんだから
人のこと言えないよ。」

後ろを振り返れば、その少年と同い年くらいらしい少女が
きゃらきゃらと笑っている。

「るっさい、キャレ!
大体お前まで…」

一番年上らしい少女と少年が痴話げんかを始める。
いつものことらしく、誰にも気にされていない。

「シーシアもクラインもいつまでやるのかなぁ?
お先にっ!」

「あっ、待てよシア!!
って、おい!ラウァはもう中に入ったのかよ!?」

どうやらこの年長の少年、愛称はアファ、名字はシーシアと言うらしい。
シアという、この5人の中では一番年下の方らしく、女の子に軽くあしらわれている。
そんな様子を、忍び笑いをしている、この中ではちょうど間くらいの歳らしい男の子がいた。

「なーにやってるんだか…さっさと入っていっただろ?
じゃあ僕もお先にっ!」

「レットまで勝手に行くな!」

「の前に、また笑ったわね〜!!」

などと言いつつ、最後に年長2人組も加わり、結局は5人とも入っていったのだった。

グウウウゥゥ……

そこに、危険があることなど知るよしもなく。

 

「あ…れ?」

瓦礫をよじ登り、奥まで進んでいった男の子はとある場所の前で立ち止まっていた。

「よっと!やっと追いついた!」

「うぇっ、シア!
何で僕と同じところに来るんだよ!?」

慌てた様子で振り返る。
そこには、ちょうど同い年らしい女の子がいた。
どうやら愛称はシアと言うらしい。

「面白そうだから。
これ以外の理由なんて、ないでしょ?」

「僕の行くところじゃなくても面白いとこあるだろ!?」

それを聞いた女の子は笑ってからかう。

「だって、先にラウトが当たりくじの方に行っちゃうんだもん。
それだけの話っ。」

「だからラウトって言うな!」

どうやら、ラウトと言われるのをかなり嫌っているらしい。
それを見て、その女の子はまた笑う。

「あっ、2人ともいたいた。」

「レットも来たのかよ、おい。」

シアという女の子の後ろに、人影が現れた。
彼らより年上の男の子だ。

「ハントも来た。
…となれば、突入ー!」

「あっ、そこは僕が見つけた場所!!」

壁の裂け目の奥に、通路が見える。
そこを2人の子どもが走っていった。

「あれ?こんなところは前なかったのになぁ?
面白そうだ!」

続いて、どうやら愛称はレット、名字はハントと言うらしい。
その男の子もそこに走り込んでいった。

「あっ、待ってよ3人とも!!」

その直後、遅れて2人も到着。

「何でこんなところに通路…の前に、危険だろそんなとこ!!
何でこんな時に!」

「あたしも行く。
アファだけじゃたよりないもん!」

その五人は、吸い込まれるようにその通路に進入した。
子ども達は、暗闇もものともせずに奥へと進んでいった。

グウウウゥゥゥ……

 

「あれ、光ってる?」

「あっ!」

先頭を行く、シアとラウァ(ラウト)の幼少2人組。
その通路の先に、なにやら光るものが見えた。

「うそっ!あれ機械だよ!動いてるっ…」

「すっげぇ!ゾイドみてぇ!!」

通路の途中にあったのは、一つだけ光った電灯だった。
天井で光っているそれは、縦1列に同じものが連なっている。
だが、光っているのはそれ1つきりだ。

「すげっ、光ってる!」

「レット!」

彼らより1つか2つ年上らしい男の子も来た。

「うわぁっ、すっげぇーーっ!」

「あっ!」

レットという男の子に言われて初めて気付く。
よく見れば、壁には何かの模様が彫ってある。
子ども達はそれに目を輝かせていた。

「でもさ、これって何だろ?」

「う〜ん…文字みたいな、そうじゃないような……」

幾学的で、びっしりと書かれているそれは何か異様な雰囲気を漂わせていた。
だがどうしても文字というのには無理があり、むしろ複雑に曲がりくねった線のように見えた。

ゴオオオォーーーーン!!

「わっ!」

「や…っ」

「うあっ!!」

突然、地響きがした。

「…あっ、奥から!」

「砂煙?」

奥で何かが崩壊したらしい。

「ね、行ってみよ!」

「うん。」

「僕も行く!」

3人の子ども達が駆けていく。

「あっ、それ以上奥行くな!」

「聞くわけないでしょ!あたし達も行くの!!」

「うそだろおいーーっ!」

年長の2人組も来た。
少年の方は引き返させたいらしいが、好奇心の強いあの子達が、聞くはずもなかった。
そのまま、壁の模様には気付かずに後を追う。
彼らは、奥へ奥へと進んでいく。
そこに何があるか知る余地もなく、その運命の部屋までたどり着く。

 

ガシャッ…

一体のオーガノイドが足音を立てる。
ただそこにたたずむ。何かを待っているような、そんな風貌だ。

『グウウゥゥゥ…』

何かの気配に気が付き、姿勢を低くする。
威嚇するように、その方向を睨み付ける。
次第に、足音は大きくなってきた。

「あっ!ねぇ、ここ部屋になってる!」

「ホントだ!」

「すごい!今まで見つかってなかったんだよね?」

3人の子ども達が、また歓声を上げた。

『ギャァアアオオオォーーーーン!!』

「うあっ!」

慌てて横に転がる。

『グウウゥゥゥ…』

「あっ、ゾイド!?」

目の前に、小さなゾイドがいる。
といっても、子ども達よりかは遥かに背が高い。

「何でこんなところに仔ゾイドが!?」

『グアアァァァーーッ!!』

「って、言ってる場合じゃないでしょ!」

こちらを睨め付けていた相手は、また襲いかかってくる。
小さいからと言って、容赦などするような相手ではない。

「うあっ!」

「ラウト!?」

「ラウァ!」

走ろうとしたラウァ(ラウト)が何かに躓いて転んだ。
ドサッという音がして、その場に倒れ込む。

「いっ!」

『グアアァァッ!!』

すぐ目の前にあの相手が、ゾイドがいる。
今から立ち上がっても遅すぎる。
思わず目をつぶった。

ガンッ!

『グアァッ!?』

襲ってくると思われたゾイドが、急に後ろを振り返った。

「言わんこっちゃないな、くそっ!」

「アファ!」

何か棒状のものを取り出し、構える少年。

「あたしもいるから!」

「キャレ!」

「2人ともやっと来た!」

この空間は薄暗く、辺りがよく見えない。

『グアアァァッ!』

「勝負!」

「負けないわよ!!」

2人の子どもが向かってくると同時に、そのゾイドも動く。

「うーん…しょうがないから援護だね。」

レットという男の子も、何かを構える。

「たたたたた…」

「しっかりしてよラウト!
さっさと立つの!」

シアという女の子が手をさしのべる。

「…何でラウトって呼ぶんだよ。」

その手に頼りながらも、それでもその言葉でむっとした表情になる。

「ちっ!」

『グアァッ!』

さっきから始まった戦いは、まだ続いている。
そのゾイドは、3方から攻撃を受け攻撃対象を定めずにいた。

「くそっ!何か明かりねぇかなぁ。」

「変な部屋。
何かなこのチューブ?」

ラウァ(ラウト)が躓いたのは、いくつもある太めの管だった。
壁伝いに歩き、何か無いかと探す。

「あ…れ?」

「あっ、何かある!」

女の子と男の子は、別々の場所に駆け寄った。

「機械?埃被ってる…」

ラウァ(ラウト)が見つけたのは、埃を被った機械だった。
どうやらコンピューターらしい。

「これ、電源かな?」

近くで激闘が起こっているのも気にせず、
ただそれに見入った。
恐る恐る、そのスイッチを入れる。

ヴウゥゥゥン……

「すげぇ…」

まるで、待ち受けていたかのように起動する。
発光したそれが、何かを表示させている。

「えっと、これとこれと……」

好奇心のままに、キーを操作する。

「あっ、ラウト!何それ?」

今まで別の場所にいた女の子が様子を見に来た。

「凄い、動いてる!…って、あれ??」

『ピーーーーー』

何かウィンドウが開き、どこかのボタンを押すように促している。

「…何のことだか全然わかんねぇ。」

表示される文字は、普段彼らが使っているものではない。
何を言っているのか分からずに戸惑う。

「どれだよ?」

目の前にあるキーを睨みながらどれを押そうか迷う。
一方女の子の方は、画面の方をじっと見つめていた。
2人とも真剣で、後ろの騒ぎなどお構いなしだ。

「うわっ!」

「気を付けなきゃ、力強い!」

「くたばりそうにねぇな…」

『グアアアアァァァァァッ!』

相変わらずそのゾイドは3人の子どものチームワークに翻弄されていた。
だが、それになれてしまうのももう時間の問題だ。
そのゾイドの動きは、だんだんと機敏になってきている。

「う〜ん…」

そんなところでも、ラウァ(ラウト)はどれを押そうか悩んでいた。
けっこう優柔不断らしい。

「何だ、これじゃん!」

「うえっ!」

ラウァ(ラウト)の隣に手が伸び、一つのキーが押された。

 

ピピピピピピピ…

そんな騒ぎも、遺跡の中だけだ。
あれだけのことが起こっているのに、その外界はとてものどかである。
遠方には小鳥のさえずりが響いている。
その山の、森林の中にあるとある村で村人達は農業や林業に精を出し、昼時になるのか、
家々からは白い煙が上っていた。
ゾイド達も、もう穏やかないつもを取り戻していた。
ゆったりとした時間が流れている。

ピピピッ!

…かと思えば、そうでもなさそうな気配が現れていた。
石が飛び、木の枝が揺れ、先まで歌っていた小鳥が飛び出していった。

「まぁこんなへんぴな場所にも人が住んでるもんだね。」

遠くから双眼鏡を使い、村を見下ろしている。
と言っても、その殆どは木々に邪魔され窺い知ることができない。

「驚いたよね。
川の近くになら一つくらい村があるかなぁって、思ったけど。
あそこ、川からも離れているんだもん。」

その女の隣に、一人の少女が歩み寄ってきた。
さっき石を投げた、当の本人である。
まだ幼さの残る少女の笑みには、微かな邪気が含まれていた。
それを知ってか知らずか、隣にいる若い女は双眼鏡の中の世界を見つめる。
…少女が後ろを振り向いた。
かさっと言う足音がしたかと思えば、それは大柄な男のものだった。
不機嫌そうにその2人を見下ろしていた。
木陰の暗さが、また異様な雰囲気を醸し出している。

「そんなことをしてる間にゾイドに乗れ。
もたもたするんじゃねぇ!」

ドスの利いた声で怒鳴る。
大して音量はないが、それはそれで十分に恐ろしい。

「そんなの、言われなくても分かっているわ。」

だが、そんなことはいつものことなのかその女は取り乱すこともなく返事をする。
女はすぐに双眼鏡を降ろした。
隣にいる少女はくすっと笑い、3人は背後の、木の陰にあるゾイドへと向かった。
不穏な臭いだ。

 

パシュ〜〜〜〜……

「なに!?」

目の前にあったやや大きめのカプセルが反応した。

「光り始めた!?」

「うそっ?」

『グゥッ!?』

突然、仔ゾイドが動きを止めた。
その視線の先には、あのカプセルがある。
そのゾイドの背丈と比べれば3分の2くらい、子ども達の背丈よりはいくらか高いそれは次第に泡が現れてきた。

「ラウァ、シア、そこから離れろ!
破裂する!!」

「えっ?」

ピシッ…

ひびが入る前にアファという少年が警告した。
2人は慌ててその場から離れた。
だんだんとヒビの数が増え、それが長くなってくる。

「なに、これ?」

「さぁ…」

またひびが入る。と同時に、液体がにじみ出てきた。
その次には、シュウと勢いよく水蒸気が噴き出してくる。

パリーーーン!

「うあっ!?」

硝子の破片のようなものが飛び散った。
水蒸気が上がり、煙で中はすぐに見えなかった。
ただでさえ薄暗いこの部屋の光が一つ消え、それが何だか知るのは容易ではない。

『グウウゥゥゥ…』

「なんだよこいつ、反応しているぞ。」

「無意味に刺激しない方がいいかも…」

「みたいだね。」

子ども達は、ゾイドの様子に警戒している。

「くっそ!全然見えねぇ。」

「あっ、ちょっとラウト!?」

業を煮やしたのか、近付いて何があるのか確かめようとする。
シアという女の子が止めるのも構わず、コンピューターがあるところまで近付いた。

『グアアァァッ!』

「何やってるんだラウァ!」

それにあのゾイドが反応した。
雄叫びを上げ、突進しようと構える。

ヒュン!

『グアッ!』

突然何かがそのゾイドの後ろから…通路から飛んできた。
ゾイドは動きを止め、真後ろを振り返った。
だが、その頃には時既に遅し。

『グアアァァッ!』

「あっ!」

子ども達が驚いて声を上げる。

「おじいちゃん!」

女の子が一瞬、ラウァ(ラウト)を制止させようとしていたのを忘れた。

「一体何があるんだよ?」

好奇心が恐怖よりも遥かに勝っていた。
危険も考えずにそのカプセルに近付いた。
相変わらず水蒸気が立ち込めたまま。
思わず目を瞑って、それでもその先にある何かを確かめようとして、片目を少し開けた。
始めに見えたのは管だ。
自分が躓いたあれよりも細いことを認識しながら、その次の瞬間は言葉がすぐにでなかった。

「………っ、……なっ!?」

視線がこちらに向いた。
思わずどきっとしたが、それから目をはずせなかった。

「あっ、ラウト!そこに何があるの?」

その言葉に我に返った女の子が、問いかける。

「…人。何でこんなとこに?」

だんだんと水蒸気も消えていった。
近くにいる女の子にも、それが人であることが分かるようになってきた。

『グッ…グウウウゥゥゥ!!』

仔ゾイドは仰向けになり、床に押さえつけられていた。
瓦礫が多く、その中で僅かに残った平らな場所で動きがとれなくなっていた。
いくら悪足掻きをしても、上に乗った男性を振り飛ばすことができなかった。

「…………」

先程までラウァ(ラウト)を見ていた相手は不意に視線を外した。
その目は細く開き、感情は表れていなかった。
その視線の先には…その開ききっていない瞳にはあのゾイドが映っていた。
しばらく何の反応も見せなかったがその口がうっすらと開いた。
声はない。

『グアアァァッ!』

「くっ!」

突然、青白い光が現れた。
と同時にゾイドに乗っていた男性が突き飛ばされた。

「あっ!」

「おじいちゃん!!」

ゾイドは再び立ち上がった。
背から噴出されていたあの光が消えた。

「力は弱くないな。」

あの男性の方は、着地を上手くしたらしい。
距離を取り、初めてラウァ(ラウト)の近くにいる人を見た。
その相手は相変わらず目は虚ろで、目が覚めていないような風だった。

「デイヴィッサー、これを着せてやれ。」

「あ…」

投げ渡されたのはマント…
その男性が先程まで纏っていた、とても大きいものだ。
よく見れば、その管で巻かれている人は何も着ていなかった。

「あたしも手伝う!
ラウト、端貸して。」

とにかく、この2人の子ども達は
その男性に言われるとおりにすることにした。

『グアアァァッ!』

「また反応しおったか。」

オーガノイドがその子ども達を襲おうとするのを見て長く大きい針を投げて注意を引きつける。

「…………!」

「あっ、ごめん!」

マントがその人の目の前を覆った。

「そうやったら駄目だよ。ほらっ。」

どうにか直し、何とか上手く着せた。

「…でもこのチューブ、どうやったらはずせるんだ?」

「多分あの変な機械。もう一回やってみよ。」

もう一度瓦礫のよじ登り、画面とキーを交互に見る。
シアという女の子がそうしている間は、ラウァ(ラウト)はカプセルの周りに何か無いかと調べていた。

『グアァッ!』

「……」

オーガノイドがまた仰向けになっている。
その様子を、3人の子ども達は真剣な表情で見守る。

「大丈夫かな?」

「多分ね…」

「絶対大丈夫よ!」

そうこう騒いでいるのを傍観しているのは、あの人だ。
またうっすらと、その唇が開きかけた。

「あっ、これか!?」

すぐ側にいた男の子が、突然声を上げた。

「これで…こう!多分、これで……」

女の子もなにやら分かったらしい。
2人がそのスイッチを押したのは同時だった。

バリバリバチッ!!

「わっ!」

思わず飛び下がった。
火花が現れ、その管がずるりと落ちた。

「あっ、ねぇ大丈夫?」

あの人は、ただ静かに下を向いた。
少し驚いたのであろうか?

「ねぇねぇ、立てる?」

「あっ、これでもうきっと立てるはずだよな?」

2人の子ども達は、その人に駆け寄った。

「…………」

何も言わずに交互に子ども達を見る。
何を言われたのか分かっているのか、分かっていないのか……
表情が無く、それが分からない。
子ども達は彼の腕を取って立つように急かすが一向に立とうとする気配はない。
もう一方も依然、変わりはない。
無表情なその人が、ふと顔を上げた。

『グウゥッ!?』

オーガノイドも暴れるのをやめ、天井の一点に視線を向けた。

「えっ、何?」

「何だ?」

「おい待てよ。
まだ他に何かあるんじゃないだろうな!?」

オーガノイドの様子を見ていた子ども達が驚いている。
一瞬、場が静まりかえった。

ドッゴゴゴゴーーーン!!

「うあっ!?」

それは、嵐の前の静けさだった。

「爆撃音だ!」

「ちっ……こんな時に来おったか。」

その髭の男性が舌打ちをする。

「早く戻ろ!盗賊が来た。」

「言われなくても戻るよ。早く!」

時間の流れが、一気に速くなる。

「お前達は先に行け。
デイヴィッサー、シア、お前達もだ!」

「この人どうするんだよ!?」

「早く!一緒に出るの!!」

2人の子ども達がその人を急かす。
やっとことを飲み込めたのか、ゆっくりと立ち上がった。
背を見れば、子ども達より8歳くらい年上そうだ。

「急ぐよ!」

「こっち!!」

子ども達にマントの上から手を引っ張られ、通路へと連れ出される。

「下手をすればここも崩れるか。」

髭の男性もようやくそのゾイドから離れ、通路へと足を運ぶ。

『キュウゥゥゥ…』

彼が去ると、そのゾイドも立ち上がり通路へと歩いていったのであった。
遺跡内部は砂が降り、またどこかが崩れ落ちたらしかった。

 

盗賊の出現…それにより、村の内部では慌ただしくなっていた。

ドドドドーーーン!!

「うあっ!」

「早く、近道!!」

森の中を駆けていく年長の2人組。
遺跡を出た彼らは、その2人以外が立ち止まって指示を待った。

「ハント、デイヴィッサー、シア、お前達は裏の洞窟に避難していろ。」

「分かった。」

「うん。こっち、来て!」

あの不思議な人を引っ張り、先へと急ごうとする。
外へ出たあとはその赤紫色の髪のせいで余計に異様な感じがした。
その時、女の子が後ろを振り返った。

「あっ、おじいちゃん!あの仔ゾイド、ついてきてるよ。」

日向に出たそのゾイドは、水色をしていた。
遺跡の中ではよく分からなかったその形がくっきりと表れている。

「…って、さっきと様子が違うような?」

「襲って、来ない?
声出てない…」

相手のゾイドの方はじぃっとこちらを見ている。

「とにかくお前達は早く行け。」

「ね、行こ!」

「…………」

その男性に言われると、子ども達は走っていく。
それに合わせてゾイドの方も歩いていく。

「あの人間のゾイドか?
仕方ない。
レオがもう向こうにいるはずだ。
あいつに任せるか。」

爆撃音が次第に激しくなっていく。
空を見たその男性は、2人が駆けていった森の中に入っていった。

「急がなきゃ!」

「そんなに遠くないから大丈夫だろ?」

「とにかく、急げよ。」

4人が木々の間を縫って走る。遠くで爆撃音が聞こえる。
それが段々と激しくなっていき、その音が恐ろしいほどに響いている。

「あっ!」

「どうしたんだよシア…って!」

「ああっ!!」

急に、女の子が振り返った。
叫び声と共に現れたのは、ゆらゆらと揺らめく大きな赤。
遠くで何かが崩れるような音が聞こえた。
ガラガラとしたその音は、小さい者に恐怖をかき立てる。

『キュウゥゥ…』

「あっ!」

子ども達は、酷く神経質になっていた。
歩いてきたそのゾイドに、思わず後ずさりする。

「…………」

何も分からないその人も、空の炎をその瞳に映していた。
こちらまで届く爆風の風が、よりいっそう不安をかき立てる。
気が付けば、子ども達はその人の手にしがみついていた。

『キュウ…』

近くまで来ているゾイドは、それ以上は近付かずにこちらを見ている。

「…………」

「あっ、駄目!!」

「いっ行かないでよ!」

「ねえっ!」

不意に、引き寄せられるかのように前へ歩き出した。
3人の子ども達が引き留めようとするが、造作もない事ように振り払われてしまった。

『キュッ!』

そのまま、そのゾイドの前まで歩いて立ち止まった。
また、うっすらとその唇が開いた。

キュアアアーーーーン!!

「わっ!」

「きゃあっ!」

「うっ!!」

青白い光が空へ一直線に飛んでいった。
突然急カーブをしたかと思えば、全く別の方へと飛び去ってしまった。

「あっ、ゾイド置き場の方!!」

男の子が叫んだ。

「なに?」

「なっ、さっきのは何だったんだ?」

年下の2人の女の子と男の子も呆然と空を見上げている。
掴みきれない自体を前に、その場からしばらく動けなかった。
それでもやがて、女の子がもと来た道を引き返した。

「シア、どこ行くんだよ!?」

2人の男の子も後を追って走り出した。
あんな事を言ったが、本当は行き先など分かっている。
通称、「ゾイド置き場」。
村のゾイドが置いてある、集落とは少し離れた場所。
あの光が飛んでいった場所だった。
もうさっきまでの恐怖は吹き飛んでしまった。
ただ、何故か行かなければならないという思いが彼らを急かしていたのだった。

 

『グアア!!』

一体のゾイドが、雄叫びを上げていた。
それは、整備不良のため出撃しなかった、赤いレドラーだった。
一体だけ残されていたそのゾイドは、炎の中で飛び立った。

「うそっ!」

走り続けていた子ども達は、驚きを隠さない。
互いに顔を見合わせながら、それでも走ることはやめなかった。
あのレドラーは、確か戦いに出せるような状態じゃないと聞いていたのに…
それが、あのゾイドの力だった。
子ども達にも、それが少し分かったけれど、それでもやっぱり信じられない。
現実味のない現実を見ると、夢を見ているような気になるらしい。
1人は頬をつねったりした。
それでも、現実なのだからこの事実は変えようがない。

「ど、どうしよう…行っちゃったよ。
飛行ゾイドは?」

「プテラス、もう出てる!」

「どうやったってレドラーは追いかけられないよ!」

子ども達の言う「ゾイド置き場」とやらは、ゴウゴウと音を立て、
その場所の木造の建物と周りの木々を赤子の手をひねるかのように突き崩し暴れ回っていた。
不規則に動く熱の光は、子ども達を近づけさせない。
いや、それどころか獣のように襲いかかってくる勢いだ。

「沼だ、早く!」

掛け声と共に走り出す。
3人の子ども達は必死に走るが、それを嘲笑うかのようにさらに勢いは増していく。
轟音と共に真後ろにあった木が燃えた。
赤い熱が、その欠片が、子ども達の頬をなでる。
バチバチと音を立てて崩れ、もう緑色だった証拠が消え失せていた。
ここは戦闘地域にほど近く、流れ弾が飛んできている。
途中で転びながらも、何とか沼地にたどり着いた。
…その頃には服もボロボロになっていた。
靴も片方無くしたり、膝がすりむけたりしていた。
耳には嫌な爆撃音が、視界には赤い空が、鼻には火薬の臭いが、それが子ども達を縮こまらせていた。
空気の振動も、口の中に入ってしまった砂の味も、それにさっき起きたことも、現実ではないことを願わずにはいられない。
手を合わせて、悪い夢から覚めるように呟く。
泣き喚く子はいなかったものの、もう3人とも目がその沼より透明になっていた。
綺麗とは言えないそれと、彼らの服と、震え上がっているその様は、
地震が起こる前と違い、遥かに惨めでみずぼらしく、とても不幸そうに見えた。
子ども達にはあのゾイドが何者か分からない。
あの人間が何者か知らない。
ただ、普通ではないことは脳裏に焼き付いている。
敵か味方か分からない。
だが、子ども達はあの光景を見て、おおよそ味方とは思っていなかった。
敵の仲間なのか、ただ去っていくだけなのか、それが気がかりだ。
どうにか恐い気持ちを押し込めて、あのレドラーがいそうな空を見ているけれど、
もう火薬の煙と次々と現れる炎だけで、ゾイドは全く見えなかった。
もし見えたとしても、遠くにいたから赤い機体は炎と見分けが付かない。
知っていても、いや、知っているから子ども達は不安だった。
誰かが死ぬことは、いなくなることは、消えることは恐ろしかった。
自分のせいで大好きな誰かが死ぬなんて、心臓が張り裂けるくらい恐くて、それに耐えることなんかできないと子ども達は感じていた。
もう目を瞑りたくて、耳さえふさげないことはとても苦痛だった。
緊張感からなのか、自分の鼓動が聞こえる。
ドクドクとなる音が、お祭りの太鼓の音よりも早く、大きく聞こえた。
今できるのは戦況を見守ることしかないと分かっているから遠くに目をこらし、耳を澄ませている。
今戻る方が砲弾に当たりやすく、危険だというのが普段駆け回って覚えたこの場所の地形で知っている。
遠回りしたら、膝が痛いから歩けなくなる。
それよりも、もう一歩だって歩くことができなかった。
座ったまま、身じろぎもしない。言葉ももう出ない。
3人は、同じ方向を見ているきりだった。

ドドドーン!!

「あっ!」

ひときわ大きい音が聞こえた。
聞き覚えのある音だった。飛行ゾイドが落ちた音だ。
しばらく、そんな大きな音ばかりが聞こえた。
何がこの戦況を変えているのか、子ども達には推測の余地がなかった。
どちらが倒しているのか分からない状況で、息のする間もないくらい凄まじかった。
瞬きの一つもできない内に、その音も止んでしまった。
長い時間だったような、あっという間だったような気がした。

「あっ、プテラス!」

「アファのコマンドウルフが見えるよ!」

爆撃音が止んだ。
子ども達が喜びの声を上げる。
終わった。負けてない……勝ったんだ!
安堵した。が、それもたちまち夢から覚めたように消えた。
あっと言い、互いに顔を見合わせた。

「レドラー!!」

声が合っていた。
赤いレドラーはどうしたのだろう?
もうじき水のくめる特殊な造りをしたプテラスが来ると分かったが、自力でこの場から去ることにした。
足もいくらか歩ける状態になっていた。
あのレドラーは、一体どうなったのだろう?
その沼から人の姿は消えた。
子ども達が山のふもとに行ったときには、ゾイド置き場付近の火も不思議なことにすっかり消えてしまっていた。

 

周りに黒い物体が散乱している。
それが白い煙を吐いていて、辺りは蒸し暑くなっていた。

「おぃお前!」

よく日焼けをした肌、黒く長い髭、まだ白髪のない髪の男性が赤いレドラーの近くにいる少年に向かって叫んだ。
その少年は、隣にいる水色の小さいオーガノイドが男性の方を見て、やっと自分のことなのだと分かったらしい。
ようやく振り向くと、念を押すようにもう一度同じ言葉が降りかかる。

「お前だ。」

互いに相手をしかと見ているようだ。
視線が交錯している。
だが、どちらも好意を持っていないのは明らかだった。
互いの敵意がここに戦場のような雰囲気を作り出していた。

「加勢の礼は言うが、一体何者だ?
そのゾイド、ただのゾイドではあるまい。」

空気が、あまり心地のよいものではないことが分かった。
蒸し暑いのに、どこかひんやりとした心地の悪いものだ。
だがピンと張った緊張の糸も急にねじれた。

「いたっ!」

枯れそうな声で叫ぶ女の子。足音からして、あと2人はいる。
白く立ち上ったその陰から3人の子どもが姿を現した。

「何をしている!洞窟にいろと言った。」

男性の足が一歩前へ進んだ。
ここに到着した彼らは、足に手をついて息を切らせている。

「どうだったの!?」

一人の男の子の言ったことに、あの男性はやや面食らっている様子だった。

「だから盗賊だか何だか知らないけど、どうだったの!?」

枯れきった喉で叫んでいる。
だいぶ長い距離を走ってきたように見える。
服が裂けてボロボロになり、靴は代用しているものもあるように見えたが、やはりそれもすすに汚れていた。

「最終的にはこの者が突然現れて、相手は全部倒された。
それがどうかしたというのか?」

男性がやや怪訝そうに話す。
だが子ども達はそれを無視して、瞬きをしている少年に視線を向けた。
少年は心のどこかに違和感を感じて一瞬眉をひそめた。
それとは反対に、子ども達の方の表情はぱあっと明るくなっていった。

「おぃ、シア!」

反対なのは、子ども達の態度もだった。
何の躊躇もなく、その少年の方へ走り寄った。

「ね、名前なんて言うの?
名前!私はシア。
アニリシア・ウーウァ・ジャーベ。だからシア!」

「あっ、僕はラウァ。
ラウウァートシス・デイヴィッサー。
だからラウァ!」

「違うよ、ラウトでいいんだよ!」

「あ、このっ!」

その女の子と男の子は子猫のように人懐っこかった。
おまけに人の前で騒ぎ出す始末。
少年は目をまん丸くして、身動きが取れなくなっていた。
体が硬直して動けない。

『キュ?』

オーガノイドは、そんな少年を気遣うように声を掛けた。
そのせいで、子ども達の視線が隣に移る。

「あ、ねぇそのゾイド何て言うの?」

「わぁっ、高いね!」

もう一人の男の子がオーガノイドの隣でジャンプをしている。
オーガノイドの方が困ったのか首を傾げて少年の方を見た。

『キュウ?』

「エクサ?」

「エクサって言うの?
よろしくね、エクサ!」

「よろしくな!ところで、名前は?」

最初の男の子の方が、その少年の方を指さして言った。
まだ彼は名を名乗っていない。
だがとっさに何も出なかった。
なぜなら、少年は本名を名乗ろうと思っていなかったから。
エクサというのも、このオーガノイドの昔の名前だった。

「……エレイド・レテリーク・シュレ…」

せっぱ詰まって意味のない言葉の羅列が出て行く。
だが子ども達の方は無邪気で、少年の慌てた態度も気にしていなかった。

「エレイドって言うの?
じゃあエドでもいい?」

少年はまた目を丸くした。
ここまで気にしないのかと逆に困ってさえいた。

「別にエレイドでいいじゃん。
よろしくな!」

「あっ、因みに僕はレレットハーン・ハント。
皆レットって言ってる。よろしく!」

3つの顔が下から覗き込んでくる。
状況が変わっていくこの様に、少年はたじろいていた。
ただ、こんな時にでも身に付いた性質というのか、それはきちんと機能していた。
何かの気配がして、ふと後ろを振り向いた。
その気配はいくつかの点のように思えた。

「あれ、何か光っている。」

それはちょうど日に反射して光って見えた。
まもなくそれはエレイドの腕にとまった。
と言っても今は一枚の布を体に巻き付けていて、本当に腕かどうかは分からなかった。

「あっ、これ遺跡の中で見た!
変な瓶に入っていたヤツ。」

「えっ、気が付かなかった!」

それを聞いて、少年はハッとした。
遺跡の中が一瞬目の奥に写った。

「ねぇねぇ、この子達の名前は何て言うの?」

ぼやけた過去を彷徨いだした少年に
甲高い声が切ってかかる。
曖昧な霧の中から引っ張り出された彼は、だが今度はすぐに答えた。

「コモスス。」

あまり考え込むと怪しまれると思ったので、単純に言葉を入れ替えるだけにした。
本来は秩序の意味を持っていたが、今はどうでもいいことだった。
そんなに珍しいのか、それほど真新しいのか、彼らはそれらに興味津々だった。
だが、よく辺りを見れば……まだあの気配がある。
しかし雰囲気はやや変わっていた。
髭の男性が落胆したように息を吐き、こちらを見ていた。

「どうやら客人として迎えねばならぬようだな。
シア、デイヴィッサー、ハント。村に戻るぞ。
どうやら被害はここだけでとどまったようだからな。」

それでも、視線からは敵意が抜けきっていなかった。
少年が目を細めていると、それに気が付いた女の子…シアが笑いながら腕を引っ張った。

「あっ、きにしないでね。
おじいちゃん、いつもあんな感じなの。」

「ほら、こっちだよ!」

年上の男の子…レットも先導する。
ここから、全てが始まろうとしていた。
狂わされた時の流れとともに。

 

「…………」

ラウトは襟に付いていた飾り石を引きちぎってその石の前に放った。
それはモルグラオと呼ばれる模様が彫られた石だった。
雨も風も次第に強くなってきてきた。
もう2、3時間はここにいる。
いい加減、服も重たくなってきたし、寒さも身を切るぐらいになってきた。

「ああ、エクサのことはちゃんと面倒見るさ。
それが、最後の約束だって言うんなら……」

別れの言葉は何一つ口にせず、消え入りそうな声でそれを言うと、ラウトは墓地を背にして去っていった。
目を細め、そこから流れ出した涙は雨に混じってその存在を誤魔化している。
強がっているのか、何なのか、ラウトにはもう分からなかった。
ただ、感情の交じった涙はこの日限りに消えていったのはきっと彼が意識したからだろう。
ラウトが去った後も森の木々は唸り声を上げ、墓地の周りに生えている木から木の葉が飛んでくる。
敷き詰められた花々も風に連れられ、いくつかは遠くへ旅立っていった。

「(やれやれ、夜明けの石を置いていくとは……)」

その石の上に、一人の青年……いや、男性が浮かんでいた。
赤紫色の目立つ髪を揺らして、どこか寂しげに微笑んでいた。

「(両脇に付いていたもう片方はハーゲル…雹だったろう?
変化や地震を表すから、あっちの方がよほど似合ってただろうに。)」

雨が止む気配は一向にしてこなかった。
ごうごうと唸り声を上げ、真っ暗な空の下で暴れている。
半透明なその体には、絶えず雨が突き抜けていった。

「(ついでに言うなら、始まりの地震は私が起こしたものではないよ。
確かに、今回は私が引き起こした……危険を放っておくわけにはいかないからね。
でも、今でも思うよ。
地震さえなければ、ってね。
あの前にも何度も地震を受けて、色々と狂いだした。
そうでなければ、私が一年に2歳以上年を取ることもなかった。
こんな風に別かれることもなかった。
あれが勝手に目を覚ますこともなかった。
本当はとっても悔しいんだ。
君にも本当のことを何一つしゃべれなかったこととか。
でも……本当に感謝しているよ。
君は人間の純粋さを教えてくれた。
おかげで狂った私の人生もここまでやり直すことができた。
今度はラウトの番だよ。君の奥底には私と同質のものがある。
君のための大切なものに気づけるように、私はここでずっと祈っている。
ずっと、ずっとね……)」

彼…エレイドの鍵(La llave=ラ・ジャーベ)はここにあった。
だがラウトはそれをここで見つけることはできないだろう。
少年の旅は、まだ始まってはいない。

───────────────────────────────────

*アトガキモドキ*

何故か書き終わったあとに顔を引きつっている自分……ι
最初と最後をあとから書いたら、なんかくらい感じに……
というより間は去年の10月にもう書き終わってたのに
やっと今になって完成って一体ι
それにしても戦闘シーンがないのにもかかわらず、何でこんなに長いんだか……
あとは他の子達は出てきたり、
ラウトが小学校低学年くらいの歳だったりしたため、書きづらかった&分かりづらい……
おかげで意味不明なのが色々と…(げふっ)
それにいつもより難しい言葉を多用しているかもι
こんな駄文ですみませんが、どうか宜しくお願いします。


シヴナさんからいただきました。
ラウトとエレイド、エクサの出会いです。
そしてエレイドの別れ、なんか前途多難のような気が・・・。
雨は地面を流れ、大河へ海へと流れます。
けどラウトの悲しみはどこへ流れていくのか・・・。
だんだん私の書いてることも訳わからなくなってますね・・・。
というより、これ感想か?
まぁ、いろいろと変になってしまいましたが、もっと変にならないうちに終わります。
シヴナさん、どうもありがとうございました。

 

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