「深緑の故郷」
〜旅立ちは明日へと〜

 

涼しいと言うよりは寒い風と、明け方のまだ覚めきらない光、
それといつもと変わらぬ乾いた風が辺りの気配を作っていた。

「さて、と。」

町のはずれに、今日はたまたま赤いレドラーがいた。
その近くに小さくて古いコンテナ、一人の少年。
それからなにやら荷車とおぼしきものがある。
準備が終わったのか、少年は大きな袋と小さな布袋を掴むと、荷車を引いて歩き始めた。

「いつも通り時間かかると思うから、その間大人しくしてろよ、リムラ。
じゃ、行ってくるぜ。」

『グルルルルル…』

相棒は低い唸り声を出して返事をした。
荷車の車輪が音を立てながら前に進んでいく。
短い坂道を上ると、村の広場に出た。
そこを横切って、まだ静かな町並みのその先へと急ぐ。
やがてテントが並んでいる場所が見えてきた。

「ちょっと遅れたか。
ちゃっちゃとやんねぇとな。」

いつも決めている(正確に言えば決まっている)場所で準備を始める。
すぐに屋台のような外見はできあがり、中には野菜がぎっしり並べられていた。
そうこうしているうちにやっと薄明るくなった。
人もまだまばらだ。
いかにもこれから一日が始まりそうな雰囲気が漂っている。

「あぁ、ラウトじゃないかい?
朝からご苦労だね。」

「あっ、ユージェニアさん。
おはようございます!」

準備が大方終わった頃、一人のふくよかな女性がラウトに話しかけてきた。
彼女はラウトの顔なじみで、この町で服飾店を経営している。
ジャーベコロニーの住民はこの人のお世話になっていて(もっとも、顔を知ることはまず無いのだが)、
絹や綿織物などを委託販売してもらっているのだった。

「今日辺り来るんじゃないかと思っていたのさ。
ほら、これがこの間の分。
やっぱすごいねぇ、あんたの村。
殆ど売れちまうんだもん。
残りはあたしらがもらったから、完売だよ。」

「本当にいつもどうもありがとうございます。
今回もお願いできますか?」

小さく重い布包みを受け取ると、
ラウトは地面に置いていた大きな袋を持ち出した。

「あぁ、もちろんだよ。
これが今回の分だね?」

「はい、よろしくお願いします。」

台の前に回って渡すと、ユージェニアさんはそれを重たそうに持った。
それからまた屋台の上を見やる。
何かが目にとまったらしく、彼女はラウトから屋台の方に向き直った。

「おやおや、気付いてみれば今回もいいのが揃ったみたいだね。
どれ、一つ買っていこうか。
これがいいかな?」

黄色く、トマトほどの大きさのものを手に取ると、
彼女はエプロンのポケットにちょっと手を入れて硬貨を数枚取り出した。

「どうも!ちょうどですね。
毎度ありがとうございます!」

ラウトはそれを受け取って、威勢よく笑顔でそう答えた。
それを見るとユージェニアさんも母親のように微笑み返した。

「今日は暑くなりそうだからね。
頑張りなさいよ。」

「はい、ありがとうございます。
ユージェニアさんも頑張って下さい。」

お互い手を振ると、彼女は現れ始めた人混みの中に消えていった。
空もだいぶ明け、影も存在がよりはっきりとしてきた。

「さて、今日も頑張んなきゃな。」

空を見上げてラウトはそう呟いた。雲はゆっくりと流れていく。
これから忙しくなりそうだ。

 

日もだいぶ昇ってきた。
昼までにはまだ時間があるが、人混みはかなりのものになっている。
この町以外の人も来ているせいだろう。
辺りはざわざわとして活気にあふれている。
店の主人達の威勢のよい声も聞こえてきた。
ラウトはそれほどごった返していない、だいぶはずれの方でこぢんまりと店を構えているのだが、
それでも客はひっきりなしに来ていた。

「今日は思ったよりも売れるのが早いな……」

そう言いながら、身を乗り出して崩れた配置を綺麗に直す。
そうしている内に、まだ次の客が来た。

「いらっしゃい!」

1人だけでなく、その後にももう1人2人と来た。
が、今度はその客ばかりを気にすることができなかった。

「(視線…?)」

客の相手をしながらも、感じるその気配を探した。
どうやらこちら側からは見えないところに相手はいるらしかったが、その気配はだんだんと近付いてきた。
誰だろうと、ラウトは心持ち身構えていた。

「どうも、毎度ありがとうございました!」

数人の客の内、1人がまた去っていった。
その瞬間、視線の持ち主の馬脚が現れた。

「!?」

風のように走り去っていく相手に、思わず目を奪われた。
短い茶髪、灰色の瞳の小さい少年…その手には、黄色い果物が。
ラウトは来ていた客の方にちょっと挨拶するとその男の子を追いかけた。

「待て!」

市場でごくたまに見かける泥棒だ。
相手も素早かったが、
修行や訓練を受けているラウトからは逃れようもなく、すぐに追いつかれてしまった。

「うわっ!」

ラウトがその男の子の左肩を掴むと、
相手は身をかわして反対方向に逃げようとした。

パン!

「あっ!」

だが、それをみすみす逃させることはない。
ラウトは素早く相手の顔の前で手を叩き、驚かせてその男の子の足を止めた。
ラウトは転びそうになった相手の両肩を掴み、相手がまた目を見開いた頃合いを狙って果物を取り返した。
それからそのまま後ろへ2、3歩引き下がった。

「こっちだって生計かかってんだ。
ただでくれてやるわけにはいかねぇんだよ!」

「うっ…」

男の子の方も後ずさりした。
逃げ切れると思っていたようだ。
予想外のことになったらしく、歯を食いしばっていた。

「ヴィーーーダー!」

その時、女の人の声が遠くから聞こえてきた。
それを耳にして、相手の男の子がビクッと体を震わせた。

「ヴィーダー、どこに行ったの?ヴィーダー?!」

「あっ…」

小さい少年は走っていった。
近くの角を曲がると、その姿は見えなくなってしまった。
ラウトは店のこともあるのですぐに戻ったが、振り返っても、その女の人すら見えることはなかった。

 

その後、その女の人の声はシスターさんの声らしいことが分かったが、
ヴィーダーという男の子については誰も知らなかった。
ラウトは日が高く昇ってからもずっとその事を疑問に思ったままだったが、
あまり時間が経たないうちに今日の商いは終わりになってしまった。
これからリムラのところに戻って、別な町や村で買い出しをしてこなければいけない。
ラウトはさっさと荷物をまとめると、来た道を帰り始めた。

「…こっちを登ると、教会だったな。」

その途中で足を止めた。
どうしてもさっきのことが引っかかり、立ち寄ってから帰ろうと思い立った。
しかし行ってみれば教会の外に人はなく、扉も閉まっていた。

「(手早くはすませられねぇかもな。)」

ラウトはそう思いながら溜め息をつくと、その扉をノックした。

トントン…

「すみません、ごめんください!」

建物はそれほどでもないが、扉だけは大きかった。
とても頑丈そうに構えている。
しばらく待ってみたものの、中から返事は聞こえてこなかった。
裏に回ってみようかと思い、ラウトはそこから離れようとした。
…ふとよく見ると、扉が少し動いている。
その遅さに少し焦れったくなり、こちらからも扉を引いた。
大きいだけあってか、やはり重い。
音を立てて、やっと中がのぞけるほどに動いた。
その瞬間、お互いの目があった。

「あ…」

「いっ……!!」

扉がなかなか開かなかった理由も、それでようやく分かった。
相手は茶髪で灰色の瞳の小さな少年だった。
しかも、ラウトのところに現れたさっきの子だ。
彼はラウトの姿を見ると顔をこわばらせて踵を返し、逃げるように奥へいってしまった。

「あ、おぃ…」

足音がしばらく響いたが、それがなくなるとすぐに静かになってしまった。
見たところ、中に他の人はいない。
仕方がないので、さっきの男の子を追いかけることにした。
隙間をもう少し広げ、体を滑り込ませる。
しばらく様子を見たが、誰かが来る気配はなかった。

「…………」

ステンドグラスから差し込む、色の付いた光が差し込んでいる。
そして装飾されていない窓からも光が入っているが、あまり明るくない。
どうやら埃などのゴミが付いていて、それで薄暗くなっているようだった。
床もやや薄汚れているような感じがする。

「追っかけるしかなさそうだな……」

開けっ放しにするわけにもいかないので、ラウトは後ろの扉を閉じた。
するととたんに、教会の中はそれまでになく暗くなった。
ラウトはそれに少し妙な感じを受けながら、先程男の子のが走っていった、脇にある小さな戸へ進んでいく。
そこをくぐって歩いていくと、やっと人の気配があった。

「すみません、ごめんください。」

「えっ、あ……はい!
あら、ヴィーダー?
ちゃんとお話しするように頼んだでしょう?」

奥には数人の子ども達と、若いシスターらしき人がいた。

「い…」

ヴィーダーは、やはりさっきの小さな少年だった。
ここまで来るとは思っていなかったのか、かなり慌てている様子だ。
じりじり後ずさりをすると、壁に背中をへたばり付けた。
それから少しずつ横へずれていくと、窓の枠に手を掛けた。

「あっ、おい!」

「ヴィーダー、お行儀の悪いことをしないで!
戻ってきなさい、ヴィーダー!!」

窓に足をかけると、そのシスターが言う言葉にも構わず、
男の子は瞬く間に去っていってしまった。

「ヴィーーダー!あっ、ごめんなさいね。
何だかお恥ずかしいところをお見せして。」

「あ、いえ。
こちらこそ忙しい時間に伺ってしまったようで…」

窓から身を乗り出していたシスターが、我に返って振り返った。
その場にいる数人の子ども達は、何か珍しいものでも見るかのようにラウトを見ている。

「いえいえ。何かご用ですか?」

「ちょっと…さっきの男の子の事なんですけれども……」

ラウトはやってしまった、という気持ちが心の大半を占め、ドギマギしながら何とかそう言った。

「あぁ、ヴィーダー……あの子は最近この村にやってきた戦争孤児なんです。
でも親からはぐれただけなので、断定はできないのですけれども。
今はまだ、ここに馴染めてなくって。
時々ふらっといなくなってしまうんです。
さっきもいなくなってしまって。」

「その時か…」

それを聞いて、ラウトはばつが悪そうに呟いた。
その様子に気付いていないのか、シスターはスカートをたくし上げ、早足でラウトが来た通路へと走り出した。

「すみません。ちょっと失礼しますね。
あの子を探してこなければいけませんから。」

「あ、俺が探してきますよ。」

横を通り過ぎるシスターに、ラウトは慌てて声をかけた。

「あの子、他の人の話を聞いてくれないんです。
ごめんなさいね。」

「あっ…」

次の言葉をかける前に、シスターは戸をくぐり抜けていった。
後ろの視線と相まって、ラウトは何とも言えない複雑な気持ちになった。

「…何か、まずったかな?」

ハハハ、と苦笑しながらもう一度あの窓のある後ろに向き直った。
やはり子ども達は目をぱちくりして、こちらを見ている。
ラウトが子ども達の集まっているテーブルに近付いても、彼らは何も言わなかった。
ラウトは彼らと目線の位置が合うところまでしゃがんだ。

「俺の名前はラウト。
邪魔してごめんな。
図々しいけど、何か手伝えることはあるかな?」

 

ギイィィィ……

教会の扉が開いた。
影が二つ、祭壇の方へと伸びている。

「ふぅ、やっと戻って来られたわ。
さぁ早くお料理の続きをしなくっちゃ。
ヴィーダー、お腹空いたでしょう?」

ヴィーダーという男の子は、ぴったりとシスターの足にくっついている。
シスターの方はゆっくりと扉を引いて閉めると、すぐ左脇にある戸をくぐった。
そのまま右に進んでいけば台所だ。

「あら?何だか騒がしいわね。」

狭い廊下から見ても、食器棚1つしか見えない。
何事かと、男の子の肩を抱いて角に手を置き台所を見た。

「あっ、お帰りなさい!」

「お帰りなさいっ!!」

「お帰りぃー!」

「よっ、お帰んなさい!」

一斉に子ども達が出迎える。
一人の女の子が、シスターのところに駆け寄ってきた。
にこっと笑うと、両手で何かを差し出した。

「あのね、あのね。これ、ウサギさんの形をしているの!
すごいでしょ?
ね、ね、ね?あのお兄さんに作ってもらったの!」

「お兄さん…あら?」

シスターがふと顔を上げると、そこには先程の少年…ラウトがいた。

「だからよじ登るなって!危ないだろうが。」

流し台の前で男の子がラウトの腰にしがみついている。
あー、全く…と言いながらしゃがみ込むと、男の子は喜んでラウトの首に手を巻き付けた。

「うえっ、苦しい!頼むからちゃんと足でも掴まってくれよ…っと。
あ、すみません。お邪魔しています。」

背中を揺らして何とか男の子を背負い込んだラウトはやっとシスターに挨拶をすることができたらしい。
その間に子ども達からは「あっ、ずるい!」という声が聞こえてくる。

「えっと、あの…」

テーブルの上には、もう既にできあがっている料理が並んでいる。
ここでは孤児院や委託所も兼ねているので数は膨大だ。

「あ、それでいいんですよね?
何だか、作りかけだったみたいなので。
ちょっとこの子達に聞きました。」

負ぶされていた男の子が降りた。
ラウトはそれを確認すると、大鍋を逆さまにして残っていた水を出した。

「……ヴィーダー?」

男の子がシスターのスカートをギュッと強く握りしめた。
複雑な表情で台所の様子を眺めている。

「これでいいかな?
あとは自然乾燥か、それとも布で拭くか……
とにかくこれで一段落だ。」

手を拭くと、おんぶをせがむ子どもが足にしがみついてくる。
順番だと、そんな声が聞こえてから一人の女の子が背負われた。
歓声が聞こえる。
ラウトが歩くと、足にしがみついてみる子もいた。

「おもっ…って、おぃ危ないだろうが。」

そんなやりとりをしつつ、テーブルの上にあった黄色い果物を手に取ると、
ヴィーダーという男の子に近付いた。
その小さな少年は、引きつったような表情で一歩後ろに下がったが、
シスターに肩を掴まれているため、さっきのように逃げ出すことはできなかった。

「ほら、あんたに土産もんだ。
さっきは怖がらせて悪かったな。」

しゃがみ込むと、背中に背負われていた女の子は降りた。
さっき足にしがみついていた男の子も離れたのだが……

「いてっ!おい、帽子を引っ張るなって!」

果物を渡すと、すぐにラウトは手を頭にやる羽目になった。
深い青紫色の、奇妙な形をしたそれを手で押さえる。
それを見て、張本人はおかしそうにげらげらと笑った。

「……そりゃ、髪の毛引っ張られるよりゃマシだけど、
引っ張られねぇように帽子かぶったんだからさぁ。」

ラウトはそんなことを言って面倒そうに正していたが、相手に反省の色を伺い知ることはできない。

「ほら、お客さんに何をしているの、クラロ。
ヴィーダー、お礼は?」

ヴィーダーの方は先程からシスターの影に隠れてしまっている。
頑なな様子で口を閉じ、その手に黄色い果物をギュッと握りしめていた。

「別にいいですよ、お礼なんて。
って、そういや次誰だっけ?」

そう言うと、さっきラウトの足にまとわりついていた男の子がぶぅっと口をすぼめた。
ラウトは悪い悪い、と言いながらその子を背負う。
シスターの方は相変わらずきょとんとした顔をしていたが、
外でそよ風と一緒に鳥がさえずりをしているのを聞いて、やっと我に返った。

「いけない、もうこんな時間だわ!
早く隣の家にいる子ども達にご飯を持っていかないと!
さぁみんな、手伝ってちょうだい!!」

 

「何だか手伝ってもらってしまって、すみませんね。」

「いえ、お気になさらないで下さい。」

料理の入った皿をいくつもお盆に乗せて狭い階段を上っている。
一度に大量のものを運ぼうとしているので
気を付けなければどれか一つを落としてしまいそうだった。

「それにしても大変そうですね。
孤児院だけでなく、一時委託所としても機能しているだなんて。」

ラウトは慎重に階段の一歩一歩を上っていた。
急なくせして段の幅は狭く、無理矢理作ったような感じがした。

「仕方がないですよ。
私のように故郷を無くした人は、仕事に困っている最中ですから。」

「えっ、故郷をなくしたって……?」

ラウトは問い返したが、
大きなお盆を持つと横向きでしか上れない階段はもうあと1段のみで終わっていた。

「それと、診療所が狭いので子ども達はこちらで入院しているんですよ。
病気を移されないように、くれぐれもお気を付けなさってね。」

「あ、はい。」

右に曲がってドアをくぐると、そこは屋根裏部屋だった。
20ほどベットが並んでいる。

「神父様、シスター・ヴェリーナ、お待たせいたしました!」

「シスター・フィリアーレ、遅いですよ。
あら、そちらの方はどなたで?」

寝ている子ども達の他に、老神父と経験豊富で厳格そうなシスターがいた。
そのシスターは一緒に来た若いシスターを一喝したが、
振り向くとラウトがいることに気付いて、その表情を和らげた。

「私はデイヴィッサーと申します。
行商人です。」

ラウトがそう言うと、
一瞬驚いたような顔をした後にまた笑顔に戻った。

「あらあら、そんなに若いのに?
もしかしたら、ジャーベコロニーの人ではないかしら?」

「そうです。」

ラウトはそう言いながら奥からやってきたそのシスターに持ってきたお盆を渡した。

「あら、そう。
どうもわざわざありがとうねぇ。」

彼女はそれを持って手前にあるベッドから順に昼食を配り始めた。
その様子を見ながら、ラウトはちょっと手を鼻にやった。
不思議で、おかしな臭いがする……
どうやら子ども達の方かららしかった。
さっきのシスターはそんなラウトの様子を見て、奥へと歩きながらこの場所の状況を説明した。

「移住してきた人たちがね、どうもおかしな病気にかかってしまってね。
ほら、今じゃ1つのベッドに2人以上寝ているありさまさ。
あんたも若いんだから、早くここから下りた方がいい。
移ったら大変だからね。」

そんなことを言いながら、彼女は一人一人に声をかけていった。
神父と、先程の若いシスターも子ども達に昼食を配っている。
自力で食べられない状態の子も多く、
一人一人に食べさせているこの状況ではかなりの時間がかかりそうだった。
ラウトはそんな様子を見ながら、一番手前にあるベッドに近付いた。
やはりあの臭いが漂ってくる。
しばらく眠ったままのその子を見つめながら、ふとあることに気が付いた。

「……食中毒じゃないですか、これ?」

「え?」

ラウトはその子どもの顔を窺いながらそう呟いた。
黄ばんだ顔で、熱が出ているらしく辛そうな表情をしている。

「この辺りの急に現れて消えるような、
そういうオアシスにあることが多い低木の木でやや橙がかった木の実がなっていることがあります。
完熟していないと子どもや老人が食中毒にかかることが多く、
顔が黄ばみ高熱が出て頭痛を訴えることが多いのです。」

ラウトは思い出すようにして淡々といった。
父から聞いた話で、村から外に出たときは気を付けるようにと、よく言い聞かせられていた。

「あらまあ!あたしもここに住んで長いことなるけど、
そんな話は初耳だね。本当なのかい?」

「私も実際になったことはないので、確証はないですけれど…
今、薬になるものを取ってきますね。」

ラウトは狭く急な階段を駆け下りた。
下の階では他の子ども達が騒がしくお昼の時間を過ごしていたが、
ラウトはそれを横目で確認すると、すぐに外へと飛び出した。

 

「取り扱い方は以上です。
すみません、これしかなくて。
明日の夕方までには必ず調達してくるので、どうか宜しくお願いします。」

「そんな、こっちが恥ずかしくなります。
お願いしなきゃいけないのは、私たちの方なんですから。」

笹のような植物のつつを数本、ラウトは若いシスターに渡した。
シスターの方は戸惑ったような表情をしながらそれを受け取った。
それを見たラウトは唇を噛みしめる代わりに舌を噛みしめたが、
事実も理由も誰かに知られることはなかった。

「それにしてもとんだ災難ですね。
命からがら逃れてきた人もいらっしゃったでしょうに。」

「ええ。まさかこんなところにまで火種が飛んでくるとは思っていませんでしたから。
何て言ったかしら、その…確か、荷電粒子砲と……」

「荷電粒子砲?」

ラウトは落ち尽きなく左足のつま先を動かして砂の音を立てた。
それも風の音と混じって、はっきりとは耳に届かない。
そんな中で彼女の話は続いた。

「村一つ、あの光はいとも簡単に焦土に変えました。
いえ、違う。1つじゃなくて3つも4つも。
どれだけの人があれに呑まれていったか……」

話していたシスターは、いつしか肩を震わせていた。
悲しみと恐怖と失望が彼女を苦しめていて、それは見ている方まで辛くなってしまうほどだった。

「ヴィーダーを始め、未だにご両親の行方が分からない子も少なくありません。
早く見つけてあげないと。
あの子達は、怯えて自分自身を封印してしまいそう…」

「もういいです。
それ以上喋らない方がいいですよ。
大人がしっかりしていなければ、
子どもも不安になってしまうでしょうし。」

ラウトはそのシスターの後ろにある教会の、その影の方から様子を見ている子ども達に気が付いた。
多分、その後ろにある孤児院の建物の方からこちらの様子を察しに来たのだろう。

「そうね、ありがとう。
ああ、それとごめんなさいね。
あなただって色々お仕事があるでしょうに、引き留めてしまって。」

「別にいいですよ、自分の意志でもあるのですから。
おーい!」

ラウトは教会の影にいる子ども達の方に向かって手を振った。
子ども達は気付かれたことにびっくりしたようだが、すぐに「お〜い!」と返事を返してくれた。

「あの荷車のこと、よろしく頼むよ!
じゃあ、またな!」

「うん、分かった!ばいば〜い!!」

「またね〜!」

シスターはきょとんとした顔でラウトの方を見た。
そうするとラウトは一瞬だけいたずらっ子のように笑った。

「この事は村の人に話しておきます。
それでは、また明日。」

「え、ええ。さようなら。」

事をいまいち飲み込めていないシスターは、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしてラウトを見送った。
ラウトの方はもう後ろは振り返らずに、風を切って小さな丘の上から駆け下りていった。
その途中、ラウトはふと首を上げた。

「やっべぇ、日が思ったより落ちてきてるぞ!
日が落ちるまでに全部終わるか!?
じゃない、全部終わらせなきゃいけねぇんだって!!」

下では赤いレドラーが待ちくたびれたといわんばかりに唸っていた。
この町から少し離れたところで、あの岩陰の中にエクサも待っている。
心配性なあいつのことだから、無事と分かっていても心配しているだろう。
そんなことを考えながらラウトは操縦機を握った。
赤いレドラーは空中に浮かび小さなオンボロコンテナを引き寄せて
黄色い煙幕を作りつつ発っていく。
ゆっくりのような、急ぎ足のような、そんなスピードで。

 

世の中のことをしっかり見つめたいと思ったら、同じところにずっといてはいけない。
自分から世界を感じに行かなければ駄目だ。
あれはいつだったろう?
昔、誰かからそんなことを聞いた。

「確かに、ホントの田舎者(LOUT)だよなぁこれじゃあ。」

ラウトは昔よく言っていたセリフを思い出しながら、そうポツリと呟いた。
荷電粒子砲……この間遠くが光って見えたあの光が、そうだったのか。
何にしろ、その事態は殆ど知らないに等しかった。

「なあ、俺って臆病なのかな?
今の今まであまり思い出そうとしなかったけど、エレイド兄さんとの約束、まだ果たそうともしていないよな。
もう2年も経ったっていうのに。」

『グウウウゥゥゥ……?』

リムラは答えず、逆に小さく唸り声をあげてラウトに聞き返してきた。

「そうだな。
ためらってたら、いつ本当に実行に移せるか分かんなくなっちまう。
約束はちゃんと果たさなきゃな。」

そう言って笑ったとき、遠くの岩陰に水色の何かが見えた。
エクサだ。

「さて、さっさと次の町に行こうぜ、エクサ。
ちょっと俺のせいで急がなきゃなんねぇけど。」

リムラが旋回すると、つられてエクサが飛び出してきた。
ラウトは後ろにエクサが飛んでついてきたことを確かめると前を見つめ直して速度をやや速めた。

「ずっと、逃げてたんだ俺は……でももう逃げねぇ。
そうしなきゃ、ずっとあいつが付けた渾名のまんまだもんな。」

旅立ちの決意から日はそうかからなかった。
十数日後、彼らの姿はこの辺境地帯からは見られなくなってしまった。

───────────────────────────────────

*アトガキモドキ*

やっとここまで来たか、という感じです。
当初の予定通りにはなかなか進まず四苦八苦……
というより、これの前で色々ミスしまくって
こっちの内容まで一部変更になったせいなのですが(苦笑)
基本的にラウト一人のため、会話がないのが辛かったです。
そのせいなのか、どことなく変……
描写なども、あっていないところが何だかありそうな気がしますι
それにしても、考えていたことが書ききれず
またもやあちらこちらに謎を残したような気がしてなりません(苦笑)
しかも状況設定はぱくりっぽいし…ι
こんなよく分からない話ですが、どうぞよろしくお願いします。
さてあと一話……だいぶ遅れるでしょうが、頑張って終わらせます。


シヴナさんからいただきました。
ラウトの過去話シリーズ第4弾です。
ラウトってもしかして厄介ごとに巻き込まれやすいのかも、と思ってしまいました。
いろいろとありすぎなので、ちょっと大人びているのかもしれませんね。
彼とエレイドの約束はいつ果たされるのか?
シヴナさん、どうもありがとうございました。

 

前に戻る     続きを読む
コーナーTOPに戻る         プレゼントTOPに戻る         TOPに戻る